By にゃんこビールさま

 

 

 

『魅録、助けてよ〜』

夜も遅い時刻、魅録の携帯に美童から悲痛な電話が入った。

「はいはい、どうしたって?」

美童が大騒ぎするのはいつものことと、カー・グラフィック誌をめくりながら、魅録は適当に応えた。

『可憐に捕まっちゃって… もう手に負えないんだよー』

魅録はページをめくる手を止めた。

「可憐と…?なんで?」

『説明してるヒマはないよ。今から魅録も来てよ!』

美童は一方的に場所を告げると携帯を切ってしまった。

魅録はしばし携帯を眺めた。

「…ったく しょうがねぇな」

魅録は財布とマルボロを掴んで部屋を出た。

 

美童に呼び出されたのは六本木の路地裏にあるバーだった。

魅録の家からタクシーで30分もかからずに着いた。

すでに24時を過ぎているというのに店は賑わっていた。

「いらっしゃませ。お一人さまで?」

店員が魅録の後ろを伺い、連れがいないのを確認した。

「あ、いや。待ち合わせなんだけど…」

魅録はそう言って店の中を見回した。

その中に一際目立つテーブルを見つけた。

そこには華やかな美人と金髪の美少年…

が、静かに飲んでいるのなら絵にもなるだろうが、騒いでいる様は明らかに浮いている。

「何やってんだ、あいつら…」

すいません、と魅録は店員に謝ってそのテーブルに向かった。

いち早く魅録の姿を見つけた美童は大げさに両手を振った。

「魅録!ここ、ここ!」

魅録は黙って小さく右手を挙げた。

「…魅録?」

可憐は驚いて振り返った。

「呼ばなくても十分に目立ってるっての…!」

そう呟いて魅録は可憐の隣に座った。

チラリと見た魅録に可憐はばつが悪そうに視線をそらした。

「お前たち、お互いにデートだったんじゃないのかよ」

放課後の部室でそんなことを美童も可憐も言っていたはずだ。

「そう!デートの最中だったんだよ、ぼくは」

魅録が来て、可憐の絡み酒から解放された美童はドッカと背もたれに寄りかかった。

 

 

夕方、美童はガールフレンドと六本木ヒルズで映画を見て、ミッドタウンで食事をしようと六本木の交差点をウキウキ気分で歩いていた。

すると反対側からすごい勢いで渡ってくる女性がいた。

それが可憐だった。

美童の姿を見つけると腕を掴まれて「ちょっと付き合って!」と無理矢理ガールフレンドと引き離された。

もちろん美童のお相手はカンカンに怒って帰ってしまった。

どうやら可憐は彼と別れてきたらしい。

それからずっと可憐に付き合わされた美童が音を上げて魅録に電話した、というわけだ。

 

 

魅録は店員にメーカーズマークのソーダ割りを頼んだ。

「…で、清四郎と悠理は?」

野梨子は父親とでかけると部室で言っていたので呼ぶことはない。

「ふたりとも電源切ってんの!きっといっしょだよ」

大げさにため息をついて美童はチンザノをひとくち飲んだ。

「ま、しょうがねぇな」

清四郎と悠理は付き合い始めたばかりだ。

「みんなを…魅録を呼んでくれだなんて、言ってないわよ」

可憐は赤ワインの入ったグラスを綺麗にネイルされた指でなぞった。

「なんだよ、さっきまでは泣きわめいてたくせに…魅録がきたとたん静かになってさ」

美童はぶつぶつ文句を言った。

「うるさいわよっ」

可憐はキッと美童を睨んだ。

「で、どうしたんだよ?」

魅録はワインを可憐のグラスに注いだ。

「………」

悔しそうにくちびるを尖らせて可憐は何も言わない。

「元カノがね、奪いにきたんだってさ〜」

黙っている可憐に代わって美童が答えた。

魅録は黙ってタバコに火を付けた。

 

 

可憐は彼といっしょに乃木坂のマンションに向かっていた。

今日は彼の家で手料理をご馳走する予定だった。

ビーフシチュー、ミモザサラダにフランスパン。

好きな人に料理を作る…いいようもない程、幸せな気分だった。

ふとマンションの入り口に人影を見つけた。

その女性は、可憐と彼の気配に気が付いてゆっくりと振り返った。

手にはネギやゴボウが出ているスーパーの袋を持っていた。

瞬間、可憐の足下が揺らぐ気がした。

それはまるで落とし穴に嵌ったように、不幸のどん底へ落とされていくようだった。

彼女は彼の姿を見つけるとポロポロと涙をこぼした。

ふたりにはまったく可憐の姿など目に入ってないようだった。

最後に彼が可憐に言った。

―――君はひとりで生きていけるけど、彼女は僕がいないとだめなんだ

 

 

ふぅ、と魅録はタバコの煙をはいた。

美童はひとしきりしゃべった後、「おかわりもらってくる」と言ったまま

カウンターで2人連れの女の子と談笑している。

可憐は何も言わずにワイン飲む。

魅録はタバコをくわえたまま可憐のグラスにワインを注ぐ。

しばらくふたりは黙ってそんなことを繰り返していた。

「…まったく見る目ないな」

三杯目のバーボンソーダに口を付けた魅録が呟いた。

可憐は目を見開いて隣の魅録を見た。

青いライトの浮かぶ魅録の顔は怒っているように見える。

「見る目ないっつーの!」

タバコを灰皿に押しつける。

ぐっと可憐はくちびるを噛みしめた。

確かに自分でも男運が悪いとは思っていたけど、魅録にこんな風に言われるなんて…

悲しさと悔しさが入り交じってみるみると瞳に涙が溢れてくる。

可憐は魅録に涙を見られないように背を向けた。

「可憐のいいところ見つけられないそんなヤツ、見る目ねぇつーんだよ」

「え?」

魅録の方に振り返った勢いで涙がこぼれた。

「よかったんだよ、そんなやつと別れて」

魅録はまっすぐ前を向いたまま続けた。

「ひとりで生きていけるなんて人に簡単に言うヤツなんて別れて正解だぜ」

「…魅録」

溢れる涙がワイングラスの中に落ちた。

「可憐のこと、容姿とかじゃなくってさ、丸ごと好きになってくれるヤツがいるって」

ニッといつものように魅録が笑った。

「うん…」

魅録の笑顔が悲憤していた可憐の心を溶かしていく。

「ま、俺たちくらい可憐のこと理解してるヤツはそうそういないと思うけど」

ははは、と魅録は笑った。

「ワイン、まだ飲む?」

「ううん。別のにするわ」

可憐は涙をハンカチで拭いて微笑んだ。

「こんなにイイ男なのに、魅録ってどうして彼女できないのかしら。そっちのケでもあるの?」

頬杖をついて可憐は魅録の顔を覗き込んだ。

「ば、ば、ば、ば、ば、ば、ば、ば、ばか言ってんじゃねぇ!!!!!!」

顔を真っ赤にする魅録に可憐は大笑いをした。

「きゃははははは!なにマジになってるのよ〜」

 

美童はカウンターから魅録と可憐を見つめていた。

「いい雰囲気じゃん」

ホワイトラムのグラスを上げてふたりにウインクした。

美童のポケットの中で携帯が鳴った。

「は〜い」

『留守電に何回メッセージ入れてるんですか…』

暢気にでた美童とは反対に、電話の相手は不機嫌な清四郎だった。

「悪い、悪い。お楽しみのとこ邪魔しちゃってさっ」

まったく悪びれてない美童。

『…その口ぶりだと用件は済んだようですね』

ため息と共に答える清四郎。

わかってるなら電話してくるな、とでも言いたげだ。

「ま、ね。そうだ!悠理もいっしょなんだろう?これからこっちにこない?」

美童は場所を伝えるとさっさと電話を切った。

 

「ねぇ、ねぇ。清四郎と悠理もこれからくるってさ」

グラスを持って美童はテーブルに戻った。

「私いやよ。ふたりがいちゃつくの見るのっ」

可憐は生ジュースたっぷりのジンフィズを飲んでいた。

もうすっかりいつもの可憐に戻っていた。

「まさか俺たちの前ではべたべたしねぇだろ?清四郎は別として」

魅録はタバコに火を付けた。

言えてるー、と美童が笑い、それもそうね、と可憐も笑った。

クールで純朴な彼と、スマートで純粋な彼女がいつお互いの気持ちに気が付くのか、美童は微笑ましく前に座るふたりを見つめた。

 

まだまだ夜は終わらない。

 

 

 

end

 

 

さま