そのまま。

 

 

 

悠理と清四郎が付き合い始めて二ヶ月、最近どうも清四郎は機嫌がよくない様子だ。

原因はといえば、悠理にある。

悠理が何気なく発する言葉に、清四郎はこのところひどく過敏になっていた。

 

「なぁ、清四郎もバイク乗れば?魅録みたいに…」

「お前の格好って、ほんとおっさん臭いよな〜。魅録みたいに、流行の服とか着てみればいいのに」

「何で着メロがクラシック?魅録みたいに、アジカンとかにすればいいじゃん!」

 

仲が良いからしょうがないのかもしれないが、悠理の口から「魅録みたいに」という言葉が出るたびに、清四郎は不快な思いを感じていた。

今も悠理の部屋で二人きりの時間を過ごしている時に、悠理の口からその一言が出た。

 

「清四郎ってさ、何でそんなナイロンペラペラの靴下はくの?魅録みたいに、ナイキとかアディダスのコットンの奴をはけばいいのに…」

 

いつもなら内心ひどく腹を立てていても、それをあからさまに表に出すことはしない清四郎だったが、この時は違った。

「……ないですか」

「え?」

低い声で何事か吐き捨てるように呟いた清四郎に、悠理は小首をかしげて聞き返した。

「そんなに魅録がいいなら、魅録と付き合えばいいじゃないですか!」

「な…誰もそんなこと…」

いきなり激昂した清四郎に、悠理は驚いて口ごもった。

「誰も魅録がイイなんて、言ってないじゃん…」

悠理は清四郎を上目遣いに見つめながら、なだめるように言ってみたが、清四郎はひどく不機嫌な顔で悠理を睨みつけると、ふい、と背を向けた。

 

「帰ります」

冷めた声で呟くと、清四郎はさっさとドアに向かった。

「え…? 今日は泊まってくんじゃなかったのかよ?」

悠理の問いに答えようともせず、清四郎はドアを開くと、悠理をちらと一瞥しただけで、部屋を出て行った。

 

 

「なんだぁ? あいつ…」

悠理は呆然とその姿を見送り、小さく呟いた。

悠理からすれば、清四郎が何故急に不機嫌になったのか、いまひとつ理解が出来なかったのだ。

「せっかくあいつの好きなもん、シェフに頼んどいたのにさ」

 

この後二人で楽しく夕食を食べて、最新映画のDVDを一緒に見るつもりでいた。

そして明日は昼近くまで部屋でのんびりして、それからショッピング…

そんな風に思い描いていた予定が、いっぺんに無くなってしまった。

「つまんないの!」

悠理はベッドにひっくり返ると、枕を抱き寄せて顔を隠した。

 

 

 

「…ちゃま、じょうちゃま」

どのくらい時間が経ったのか、身体を揺すられて悠理は目を覚ました。

「なに…五代?」

寝ぼけ眼をこすりながら、執事の顔を見上げた。

 

「清四郎さまがお見えになっております」

 

その言葉に、悠理の目が一気に覚めた。

「清四郎!? なんで? あいつ、帰ったんじゃないの…?」

がばと起き上がりながら悠理は勢い込んで聞いた。

「夕方に一度お帰りになられましたが、今また…」

悠理は視線をめぐらして壁の時計を見た。午後九時を指している。

 

「じゃ、ここに通してよ。一緒に夕飯食べるから、用意して」

そう言ったとたん、悠理のお腹がグーと鳴った。

「それが、外に出てきて欲しいとおしゃられますので」

「なんで?」

五代の顔を見上げると、なにやら感情を表に出すことを抑えているような、妙な顔をしている。

不審に思いながらも、悠理はしぶしぶと腰を上げて玄関に向かった。

 

エスカレーターの降り口で玄関ホールを見下ろすと、そこに清四郎の姿はなく、3人ほどのメイドがなにやら囁き交わしながら立っている。

「清四郎は?」

問いながらエスカレーターを駆け下りると、メイドたちが慌てて整列し、「表でお待ちです」と声をそろえた。

 

 

「表?」

首を回すと、ホールの明かりに照らされたエントランス前に、一台の大型バイクが止まっているのが見えた。

「……?」

悠理は首をかしげた。

黒のドゥカティモンスター900S4。乗っているのは、黒いライダースーツにシルバーのメットを被った男だ。

 

「誰…?」

わかっているはずなのに、悠理は尋ねた。

男は少し首をかしげると、ヘルメットに手をやってゆっくりとそれを脱ぎ、髪の乱れを直すためか頭を軽く左右に振った。

黒い艶やかな前髪が額に落ちるのを片手でかき上げながら、ムッとした表情で悠理を睨む。

 

「なに呆けてるんです? 早く後ろに乗ってください」

冷めた声で言われ、悠理はぱちぱちとまばたきをした。

メイドたちが、悠理の赤いライダージャケットとブーツを手に近寄ってくるのが見える。

悠理はジャケットに袖を通し、ブーツを履きながらも、まだ何か納得できない気持ちでいた。

目の前でバイクのフロントに肘をつき悠理の支度を待っている男は、確かに清四郎の顔をしているし間違いなく悠理の恋人である男なのだろうけれど、何かいつもと全く違う様子をしている。

 

支度を終えると、悠理は慣れた態度でバイクの後部座席にまたがり、男の顔を下から覗き込んだ。

「清四郎?」

「ヘルメットは?」

不安げな悠理の声を意に介さず、清四郎は実務的な質問を返す。

「おまえ、これ運転できんの?」

メイドが持ってきたヘルメットを被ると、悠理は問いかけた。

「ここまで、これを押してきたとでも思ってるんですか?」

清四郎はふっと鼻で笑い、自分のヘルメットを被り直した。

 

「しっかりつかまって。行くぞ」

清四郎は慣れた様子でスタンドを起こし、エンジンをかけた。

大型バイクならではの低いエグゾーストノイズ。

悠理が我に返って清四郎の腰に腕を回した瞬間、バイクはゆっくりと加速しながら走り出した。

 

 

見慣れた町並みを、見慣れぬ男の背につかまり駆け抜けていく。

いつも悠理が飛びついたり擦り寄ったりするのと同じ背中のはずなのに、その背中からは嗅いだ事のない革の匂いがする。

見上げる横顔は確かに清四郎の筈なのに、シェード越しに見える眼差しがいつもとは全く違う。

 

いつの間にか街中を抜け、バイクはよく魅録とその仲間達とツーリングする山道を登りだしていた。

清四郎は思いの他、攻撃的にカーブを責めていく。

そのライディングテクニックは中々のもので、悠理は内心舌を巻いた。

 

右へ、左へと何度かカーブを繰り返していくうちに、悠理は清四郎のポジショニングに身体を合わせられるようになっていった。

そうなると、いつもツーリングの時に感じる「バイクとの一体感」を感じられるようになり、そのことで悠理の心がほぐれていった。

同じように、清四郎の表情も和らいできたのが横顔を見上げるとよくわかる。

悠理は「ヒューーッ!」と歓声を上げながら、清四郎の背にしがみついた。

「最高! 気持ちいい〜〜〜!」

こぶしを突き上げると、「こら!」とその時だけは少し焦ったような声が聞こえた。

 

 

山頂の展望台までくると、二人はバイクを止めた。

メットを脱ぐと、涼しい夜半の風がうなじをくすぐっていく。

悠理は髪をくしゃくしゃとかき混ぜながら、展望台の手すりに向かって歩いていった。

清四郎もその後をゆっくりと追った。

 

「きれ〜〜〜〜!」

澄んだ空気にまたたく地上の星のような夜景を眺めて悠理は歓声を上げ、「ほら」、と首筋につけられた冷たいジュースに、今度は悲鳴を上げた。

「何すんだよ、もう〜〜〜」

ブツブツ言いながらもプルトップを開けてジュースを一口飲む。

清四郎はくすくすと笑いながら缶コーヒーを飲み、夜景を眺めていた。

いつもは後ろにぴっちりと撫で付けられている黒髪は、洗いざらしのようにラフに散らされている。

汗に濡れて額に落ちた前髪は、彼の顔を普段よりぐっと若く、歳相応に見せていた。

 

「なぁ、あのバイク、どうしたの?」

その横顔を眺めながら、悠理は聞いた。

「魅録に頼んで、知り合いのを借りてもらいました」

「ふーん。でも、おまえいつの間にバイク乗れるようになったんだ? 免許は?」

「取りましたよ、もちろん。僕が無免許運転するように見えますか?」

「なんで? いつ?」

矢継ぎ早に質問してくる悠理に、清四郎は少し口の端を下げて苦笑いをした。

 

 

「僕と付き合いだしてから、魅録は遠慮してかおまえをツーリングに誘わなくなったでしょう?」

「うん…」

「それが、悠理は寂しいんじゃないかと思いましてね」

「……」

思ってもいなかった清四郎の答えに、悠理は驚いて彼の顔を見つめた。

「まぁ、バイクの運転ってどういうものか、知りたい気持ちもありましたしね」

清四郎は悠理から視線をそらすと、そっけなくそう付け加えた。

 

 

「ふ……ん」

悠理は感慨深げに、清四郎の横顔を見つめた。

清四郎がそんな風に、自分のためを思ってしてくれたことが、ひどく嬉しかった。

そして今日自分が彼を怒らせた言動を思い起こし、ひどく申し訳ない気持ちになった。

自分だって、「野梨子や可憐みたいに」と言われたら面白くないだろうに。

 

そっと、悠理は手を伸ばして清四郎の頬に触れてみた。

ゆっくりとこちらを向いた彼の頬を両手で包む。そして、少し背伸びしてキスをした。

 

「えと、その、ごめん。あの…」

穏やかな瞳で見つめ返してくる清四郎に、悠理は言おうとしていた言葉が出てこずに口ごもった。

「もういいですよ。僕も大人気なかった」

あっさりと、清四郎は悠理を許す。

その言葉に「やっぱりかなわないな」と悔しさを感じながら、悠理は清四郎の頬から額へと手を滑らせた。

 

「今日のおまえさ、すっごくカッコいい! でも……」

「でも?」

悠理は清四郎の前髪を手でいつものように後ろに撫で付けた。

 

 

「あたい、いつものおまえのほうが好きだ」

 

 

そう言って悠理はもう一度、さっきよりも長めに彼にくちづけた。

 

 

 

「おまえねぇ……」

唇が離れると、清四郎が笑った。

「僕の努力を、全部無駄にしてしまうようなことを…」

 

拗ねたような口調だが、その眼差しはどこまでも優しかった。

「うっせ。だって本当に、いつものオヤジくさいおまえの方が好きなんだもん。しょーがないじゃん」

悠理も笑い、それから急に情けない表情になってお腹をさすった。

 

「なぁ、あたい腹減った! 早く山下りてなんか食べようぜ〜〜〜」

「まったく、深く考えるんじゃありませんでしたよ。おまえときたら…」

「花より団子! 夜景よりメシ!」

 

高笑いしながら、悠理は止めてあるバイクへと急いだ。

清四郎も呆れ顔で、バイクへと戻った。

 

 

「ほら、スピード上げて帰りますから、しっかりつかまっててくださいよ」

「おう!」

 

 

再びバイクにまたがった清四郎の腰にぎゅっと抱きつくと、悠理は彼の広い背中に頬をぐっと押し付けた。

さっき嗅ぎ慣れないと思った革の匂いが、今は親しみのあるものに思えた。

 

 

 

end

(2008.5.13up)

 

 


…タイトルが思い浮かばなかったんです。(^_^.)

なのでS@APの曲とは無関係。

ずーっと前にナオさんが「大型バイクに乗る清四郎を書いて♪」とリク下さってて、「スーツにコート、サングラスに皮手袋で乗ってるといいですよね〜〜」とお返事してから早や2、3年…

なんか全く違うものになってしまいましたが、いかがでしょうか?ナオさん♪

 

 

 

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