友だちが結婚する。 人生の半分はいっしょにいる友だち。 お腹をかかえて笑い合ったこともあった。 口をきかないほどケンカしたこともあった。 抱き合って泣いたこともあった。 今日はそんな友だちの結婚式。
ものすごく嬉しい、だけど何か寂しい 心の底から喜んでいるのに、どこか羨んでいる。 体の中で正反対の感情がぐるぐると渦巻いていた。 女友だちの結婚って、こんな複雑な心境なのかもしれない。
消えない虹 By にゃんこビールさま
あれはいつだったかしら。 確かいつも暇を持て余していた高校の頃。 ――― 男と女の間に友情は成り立つか 部室でランチを食べながらそんな話になったっけ。 「成り立たないね。恋をするために異性がいるんじゃないか」 下らないとばかりに美童は手をひらひらと振った。 「そーよー。男と女の間に愛しか必要ないわよ!」 そう即答した私。 「あら、それじゃわたくしたちの間に恋愛感情がありますの?」 湯呑みをことん、とテーブルに置いて野梨子がクスクスと笑った。 「ないない!野梨子おもしろいこと言うな〜!」 きゃはははは、とご飯粒を飛ばしながら悠理は大笑いした。 「同感。あり得ませんな」 パサ、と新聞をたたみながら清四郎は静かに呟いた。 「ったく… 問題外だぜ」 コーヒーをひとくち飲んで魅録は頭を振った。 「当たり前よ!あんたたちは論外!」 私もパン!とテーブルを叩いた。
そう。 私たちは性格も趣味も考え方も違ってた。 “友情”なんて安っぽいものでもないし、まして“愛情”なんて甘いものもなかった。 …そう、なかった。 私はないと思っていた。
でもそうじゃなかった。 誰よりも正反対の性格で、誰よりも恋愛指数が低くて、誰よりもお互いを異性として付き合ってなかったあのふたり。
清四郎と悠理。
そのふたりが今日、結婚する。
チャペルの中では厳かにオルガンが流れていた。 私はこの日のためにシャンパンゴールドのドレスを新調した。 昨日はエステに行って、ネイルサロンにも行って、大事な友だちの結婚式に備えた。 前の席では美童と野梨子が楽しそうにおしゃべりをしているのに、隣に座っている魅録は、朝から狐につままれてる顔をしている。 「浮かない顔しちゃってさ。悠理を清四郎に取られてショックだったりして」 美童が振り返って魅録に向かってニヤリと笑った。 「…冗談はよしてくれよ」 魅録は深くため息をつきながら胸のポケットからタバコを出した。 私はとっさに肘で魅録を小突いた。 「チャペルの中は禁煙よ!」 「あ、ああ…」 どうして魅録がそんなに緊張しているのかしら。 妹を見送る兄でも、娘を嫁に出す父親でも… 魅録が結婚するわけでもないのに。 何だかおもしろくない。 「それにしても、清四郎の顔、締まりがありませんわね」 美童の横に座っている野梨子が口元を押さえてクスッと笑った。 祭壇の方に視線を移すと、花嫁を待つ清四郎がいた。 決して感情的にならない、冷静で、まるで年寄りみたいに落ち着いていたあの清四郎が、実に和やかに微笑んでいる。 「ほんと。デレデレじゃん」 美童までくすくす笑い出した。 後ろの扉に気配を感じてちらりと振り返った。 「し!悠理が入ってくるわよ!」 私の言葉にみんな振り返った。 オルガンの曲がかわり、静かに扉が開いた。 眩い光りの中に立っているのは、おじさまと悠理。 赤くなった顔をベールとブーケで隠してる悠理。 私が見立てたドレスもとっても悠理に似合ってるし、綺麗だわ。 一歩ずつ進むにつれておじさまは涙をボロボロと流してる。 そうよ、おじさまと悠理の仲の良さを知ってる私たちも込み上げてくるものがあるわ。 ダメだわ、バージンロードを歩く花嫁の父と花嫁を見ると涙が溢れちゃう。 「ほら」 突然、となりから真っ白いハンカチが差し出されてきた。 「…ありがと」 ちらりと魅録の様子を見ると、感慨深そうにバージンロードを進む悠理を見つめてる。
本当に清四郎と悠理が結婚するのね。
号泣しているおじさまが清四郎に悠理の手を渡した。 静まりかえったチャペルにおじさまの泣き声。 ホント、だめ… 私も泣いて化粧が落ちちゃうわ。 「万作さん!しっかりしてちょうだい!」 びっくりした… おばさまの一喝でチャペルの中に静寂が戻った。 苦笑気味の神父が聖書を開いた。
「愛は寛容であり、愛は情け深い。愛はいつまでも絶えることがない。 いつまでも在続すのものは、信仰と、希望と、愛と、この3つである。 このうちでもっとも大いなるものは、愛である」
ああ… 神父さま。 そんなこと百も承知よ。 「お金」ももちろん必要だけど、この世で一番大切なのは「愛」よね。
「新郎新婦は、今まで旅のパートナーとして、手を取り合い、試練を乗り越えてこられたと思います」
そうよ。 私たちはみんなが想像も付かないほど、色んな事件に巻き込まれたわ。 死ぬ思いなんて何度したことか。 でもそれを乗り越えてきたのはこの仲間たちがいたからよ。
「この結婚が、ふたりの歩む道を温かな光りで照らしてくれることを、心から願います」
ええ。本当に。 これからはトラブルに巻き込まれませんように… って、なんで魅録笑ってるのよ! ほら、野梨子が振り返って睨んでるじゃないの。
「それでは新郎新婦に誓約をして頂きます」 静かになったチャペルの中は重厚な神父の声だけが響く。 「汝、菊正宗清四郎は、剣菱悠理を妻とし、良いときも悪いときも、 富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、これを愛し、これを敬い、 これを慰め、これを助け、その命ある限り、忠誠を捧げることを誓いますか?」 神父は真っ直ぐ清四郎を見つめた。 「はい、誓います」 清四郎がはっきりと通る声で答えた。
そうよ、思い出した。
あれは男山とタマとフクが誘拐されたとき。 監禁されている廃ビルを見つけて、やっと助かったと思ったとたんに地下室に爆弾と閉じこめられたときだったわ。 こんなところで死ぬなんて絶対にいやだと思った。 もっと遊びたかったし、もっと恋もしたかったから。 でも鉄の扉は開かないし、地下で窓もないし、もうダメかと思ったその時。 『万に一つのチャンスでもかけてみますか?』 清四郎の賭け。 『やる!せっかく見つけたのにあきらめてたまるか!』 速攻で答えた悠理。 『そういうとこが好きですね』 死ぬかもしれないっていうときに、清四郎のやつ、悠理に愛の告白をしてたわ。
神父が悠理ににっこりと微笑む。 「汝、剣菱悠理は、菊正宗清四郎を夫とし、良いときも悪いときも、 富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、これを愛し、これを敬い、 これを慰め、これを助け、その命ある限り、忠誠を捧げることを誓いますか?」 「…はい、誓います」 悠理が小さいけれど真面目に答えた。
そうよ、あの時だって。
清四郎と悠理の婚約騒動のとき。 悠理の結婚相手の条件。 『あいたより強い男じゃなきゃやだ』 この世のどこを探せばそんな男いるのよ。 世界に広がる剣菱グループの会長おじさまの右腕となって、あのおばさまの好みに嵌るくらいの器量があって、それに悠理の条件である『悠理より強い』だなんて… 今、考えたら、それって清四郎しか該当者がいないじゃない。 悠理本人も気が付いてないうちに清四郎しか眼中になかったんじゃない。 清四郎もムキになっちゃって悠理を振り回しちゃってさ。 素直にあの時にくっついちゃえばよかったのよ。 ま、こんな回りくどいところがふたりらしいんだけどさ。
「それでは指輪の交換を行い、おふたりの誓いの証とします」
神父が差し出したのは私がデザインしたリングと野梨子が作ったリングピロー。 小さいリングを神父が清四郎に渡した。 そっと悠理の左手を取り、細い薬指にリングをはめた。 悠理のよりも一回り大きいリングを神父が悠理に渡した。 少し震える手で清四郎の左手を持ち、長い薬指にすうっとはめた。
「ふたりは今、神の前において夫婦の誓いを立てましたことを宣言します。新郎と新婦は、神と会衆との前において夫婦たることを誓約しました。それでは最後に誓いのキスを」
清四郎がそっと悠理のベールを上げる。 悠理がちらりと潤んだ瞳で清四郎を見上げた。 かわいい、かわいいわよ、悠理! 清四郎はピンク色に染まった悠理の頬に手を添えて、そっと慈しむような誓いのキス。 はぁ… 本当に清四郎と悠理が結婚したのねぇ。 朝からモヤモヤしていた気持ちがふっと晴れた。 やっぱり結婚式って感動的だわ。
清四郎と悠理がバージンロードを歩いてくる。 いつもより堂々としている清四郎。 照れてるところがかわいい悠理。 包み込むように微笑んでる野梨子。 バラの花びらを楽しそうにまく美童。 魅録がそっと私の肩に手を添えた。 「よかったな。清四郎、悠理!」 何だかワクワクした顔をしている魅録。 私はただハンカチで顔を押さえることしかできなかった。
外にでると眩しいばかりの陽光に花の香りが私たちを包み込んだ。 どうやら挙式の間に雨が降ったみたい。 雨に洗われた空はいっそう真っ青になっていた。 「お、虹がでてるぜ」 「まぁ、本当」 青空にくっきりと虹がかかっていた。 「よーし、いくじょー!」 チャペルの階段から悠理がブーケを投げようとしていた。 「悠理、ここよ!ここに投げてよ!」 私は悠理に大きく腕を振る。 「とぉーーーーーーーうっっ」 花嫁とは思えない掛け声で後ろ向きに悠理がブーケを投げた。 虹と交差してブーケが真っ直ぐこっちに飛んできた。 そうよ!そのブーケを受け取って、次に結婚するのはこの私よ! え? ええっ?
ボムッ
「うそっ」 「なんで?」 「まぁ…」 「ありゃ?」 「…うむ」 悠理が投げたブーケは私ではなく、隣にいた魅録の腕の中に収まっていた。 「なっ!なんで魅録が受け取るのよ!」 「し、知らねぇよ!」 ブーケは所在なく魅録の腕の中。 「次は魅録ですわね」 「大変だよ、相手見つけてあげないと」 くすくす笑う野梨子と美童。 「可憐、ごめーん!ドレスの袖でコントロール狂っちゃった」 ペロリと舌を出す悠理。 「いや、いいきっかけになるかもしれませんよ」 うんうんと頷く清四郎。 「可憐にやるよ!」 魅録はブーケを投げてきた。 「魅録からもらっても意味がないわよー!」 ブーケを投げ返す私の声にみんなが笑う。
私にも現れるのかしら。 清四郎と悠理のように、楽しいときも、辛いときも、お互いを認めて、尊重して、愛し合える大切な人。 「わかった… 可憐には、ちゃんとしたブーケ渡すよ」 「え?」 振り向くとチラリと魅録がこっちを見ていた。 悠理が投げたブーケで顔を隠しながら。 「ブーケだけじゃいやよ。ウェディングドレスも… 指輪もよ!」 何言ってるんだろう、私。 「…わかってるよ」 それだけ言うと魅録はさっさとみんなのところへ行ってしまった。 自分が何言ったのか、魅録わかってるのかしら?
「可憐〜!虹が消える前に写真撮るよー!」 美童が手を振る。 私も、あんまりにもそばにいすぎて気が付かなかったのかもしれない。 消えない虹の前で微笑んでいる仲間たち。 私はにっこりと笑ってみんなのところに走っていった。 すぐそばにある幸せに…
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