「月明かりの庭」

 

 

 

月明かりが照らす夜の庭を、僕はぼんやりと見ていた。

仲間たちと訪れた、静かな避暑地の別荘。

食事の後に飲んだ濃いコーヒーのせいで、眠れない。

僕は二階の部屋の窓枠に腰掛けて、物思いにふけっていた。

 

 

虫の音だけが、リリ…リリ…と聞こえる中に、キィーというかすかな音が混じった。

音を立てたのは、別荘の勝手口。

白くペンキで塗られた木のドアが開き、そこからふわふわとした薄茶色の髪が見えた。

「…悠理?」

薄茶色の髪の持ち主は、ドアから頭だけをだして、左、右と様子を伺っていた。

そして、そろりそろりと月明かりの庭に足を踏み出した。

 

―――何してるのさ?

窓を開けて、そう声をかけてやろうと思ったそのとき、彼女がドアの内側に向かって手招きするのが見えた。

 

 

ゆっくりと、さっきの悠理と同じようにまわりを見渡しながら、姿を現したのは、黒い髪の友人。

誰の姿も無いことを確認すると、彼は微笑みながら、前に立つ少女へと手を伸ばした。

二人の手が、繋がれる。彼が一歩足を進め、彼女の隣に立った。

 

見つめあい、微笑む二人。

まるで、イタズラが成功した時のように。

 

そしてふたりはひとつ頷きあい、駆け出した。

ただ月だけが照らす、夜の小道に向かって。

きっとひそやかな、二人だけの時間を過ごす為に。

 

 

僕はしばらく呆然として、二人の後姿を見送った。

だって、あの二人がまさかそういう仲だなんて、まるっきり思いもしなかったんだもの。

ペットと飼い主、お釈迦様と孫悟空。…まぁたしかに、似合いと言えば似合いの二人なんだけど。

 

どこに行ったんだろう? 帰ってきたら、思いっきり冷やかしてやろうか。

とりあえずは、ワインでも飲みながら待つとするかな。

 

 

 

*****

 

 

 

「清四郎、こっちこっち!」

 

別荘の裏手、緩やかだが街灯もない山道を、悠理は清四郎の手を引きながら足早に進んでいく。

ところどころに突き出た木の根や、転がっている大きな石も難なくよけていくのは、さすがに野生の勘が発達しているゆえんか。

そんな悠理の後を、清四郎は手を引かれるままに微笑みながらついていった。

 

 

恋人同士になって、初めての夏。

本当は、二人きりで旅行に出かけたいところだったが、倶楽部の皆との約束が先になった。

仲間にはまだ二人の仲を内緒にしている為、おおっぴらには二人きりになれない。

清四郎はそのことに少しもどかしさを感じていたが、悠理も同じ思いだったのだろう。

夕食後、清四郎が新聞を広げているところに、悠理がアイスを齧りながら、「なんか面白いテレビある?」と寄ってきた。

 

「今夜、抜けだせない?」

 

そっと耳打ちされ、清四郎はどきりとした。

だが、持ち前のポーカーフェイスで「アニメはやってませんし、野球ぐらいしか…」と返しながら、悠理の手からアイスを取って口に咥え、さりげなく頷いて見せた。

 

「あ、あたいのアイス、返せ〜っ!」

怒った振りをしながらも、嬉しさを隠せない表情で、悠理は清四郎に飛び掛ってきた。

それをひょいとかわす清四郎、むきになってアイスを取り返そうとする悠理。

 

「悠理、アイスならまだあるわよ!」

「清四郎も、いい加減にしてくださいな。大人気ないですわよ」

いつもながらの光景に、仲間達は笑いながらたしなめた。

二人の間に流れる空気には、少しも気付かない。

 

 

 

 

「ほら、ここ!」

5、6分も歩いただろうか。悠理が立ち止まり指差す場所を、清四郎は彼女の肩越しに見た。

山道から少し入ったところに、わずかに開けた場所があった。

背後では木々が自然のアーチを形作り、そこに腰掛けると眼下にふもとの街が見渡せるようになっていた。

 

「ほぉ、こんな場所があったんですか」

感心したように呟き、清四郎は木の根っこに腰を下ろした。すぐに、悠理がその足の間に納まり、彼の胸にもたれる。

「へへ、隠れ家って感じがして、いいだろ? 昼に散歩してる時に見つけてさ、お前を連れてこようと思ってたんだ」

言いながら、悠理は清四郎の胸に頬を摺り寄せてくる。清四郎も、悠理の柔らかな髪に頬を寄せた。

 

 

木々の間から涼しい風が吹き、眼下には街の灯りがきらきらと瞬く。

静かな夜。月の明かりが、二人を照らす。

 

 

「いいところですね、ここ」

「ん…」

静かに囁くと、悠理も静かに答えた。

昼間は天衣無縫に飛び跳ねているお転婆娘も、月明かりの下では妖精のように、どこか儚い少女に変る。

愛しくて愛しくて、清四郎は、腕の中の悠理をぎゅっと抱きしめた。

 

「…痛いよ」

力の強さに、悠理が顔をしかめて抗議した。

けれどその口調は柔らかく、甘えるよう。だから、清四郎はもっと力を込めて抱きしめた。

大切な宝物が、どこにも行ってしまわないように。

 

 

煌々と照る月明かりで、星は見えない。

そっと唇を合わせる二人を見ていたのは、月だけ。

 

 

 

*****

 

 

 

ワインの酔いに夜風が心地よくて、窓枠にもたれてうとうとしていた僕は、微かに囁きかわす声に目を開けた。

月明かりの庭に、ゆっくりと歩いて戻ってくる、二人の影。

手を繋ぎ、見つめあい、時折頭をこん、とくっつける。

仲間内では、一番「恋愛」には縁遠そうだった二人なのに、ぴったりと身を寄せ合って、互いの他は何も見えぬよう。

 

勝手口の前まで来ると、二人は立ち止まり、向かい合って両手を繋いだ。

離れ難いのだろう。そうしたまま、いつまでも小声で何か囁きあっている。

きっと、「愛してますよ」「うん、あたいも」なんて言ってるんだろうと思ったら、見ているこっちの頬が赤くなってきた。

 

やがて、清四郎が悠理をきゅっと抱き寄せたと思ったら、すぐに身を離して、二人は別荘の中に入っていった。

最初に悠理が。そしてしばらくしてから、清四郎が入っていった。

パタン、と小さな音を立ててドアが閉まり、後には誰もいない、月明かりの庭。

 

 

僕はしばらく、誰もいない庭をぼんやりと眺めていた。

二人が帰ってきたら、「よ、お二人さん」って、からかってやろうと思っていたのに。

見つめあう二人が、あんまりにも幸せそうだったから、気がそがれた。

 

ロミオとジュリエットもかくやと思われるような、真夏の夜の逢引。

それは、ロマンチックな月の魔法が見せた、真夏の夜の夢?

 

とりあえず、このことは僕の胸のうちにしまっておこう。

いつか、二人がちゃんと僕らに話してくれるまで、ね。

 

ひとつ貸しだよ、清四郎、悠理。

 

 

 

end

 

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Material by Cha Tee Teaさま