Closer I get to you

 

 

 

 

 

「今日、帰らないといけませんか?」

 

 

ためらいがちに掛けられた言葉に、悠理は「え?」と目を見開いた。

テーブルの上、デザートの皿を引き寄せようと伸ばした手に、清四郎の手が重なる。

その言葉の意味がわからないほど、悠理は馬鹿でも子供でもない。

 

 

「…あたいらは、今日、付き合いだしたばかりだろ?」

そう答えると、黒い瞳がすっと伏せられた。

少し寂しげな清四郎の顔に、悠理は胸がずくん、と疼いたが、そ知らぬ顔で手を引き抜き、デザートのフルーツムースをひとくち食べた。

 

「うまいっ!清四郎が連れて来てくれる店って、どこも旨いよな〜。このムースも、最高!」

必要以上に大きな声で感想を述べると、清四郎は苦笑しながらも、優しい瞳で悠理を見返してくる。

その瞳の色に、また悠理は胸が疼くのを感じた。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「じゃあ、ここで」

「ん……」

 

剣菱邸の大きな門の前に車を止め、二人は向き合って別れの挨拶を交わす。

昨日までは、「じゃーな。楽しかった」「僕と付き合う気になりました?」「やーだよっ!」と言い交わすのが習慣だったが、今日は違う。

清四郎の大きな手が悠理の頬に触れ、そのまま耳の後ろへと回され、引き寄せられた。

 

 

唇が、重なる。

やわらかく唇が食まれ、吸われる。

息を継ごうと開いた唇の間から、ゆっくりと舌が差し入れられ、絡められる。

 

長い長い、キス。

いったん離れかけた唇が、名残を惜しむように、また軽く合わせられた。

目を開けると、清四郎の愁いを帯びた瞳がそこにある。

軽い溜息がかかり、ぎゅっと強く抱きしめられた。

 

 

キスよりも長い時間、悠理を抱きしめて、清四郎は思い切ったように、弾みをつけて身体を離した。

「じゃあ、また明日」

微笑んで、車のドアに手をかける。

「清四郎」

頭で考えることもなく、悠理は声をかけていた。

 

「よかったら、お茶でも飲んでいかないか?」

 

「……いいんですか?」

 

こっくりと悠理は頷き、車の前を回って助手席のドアを開け、乗り込んだ。

門から屋敷の入り口までは、わりと距離がある。

いつもはその日一日のことを思い返しながら、一人でてくてくと歩く道を、今日は清四郎の車で辿る。

胸の鼓動が聞こえないようにと、玄関に付くまで、悠理はずっと彼に話しかけ続けた。

 

 

 

 

 

お茶を二つ部屋まで運ぶようにと、出迎えたメイドに頼み、悠理は先に立って自分の部屋へと向かった。

部屋に入り、ドアを閉めた途端に、清四郎に後ろから抱きすくめられた。

 

「こら!何すんだよ。メイドがお茶持って来るんだぞ!」

 

腰に回された手をぴしりと叩いて、悠理はバスルームへと逃げ込んだ。

洗面台の蛇口をひねって、勢いよく流れ出た水でバシャバシャと顔を洗い、タオルでゴシゴシと拭いた。

ふっと息を吐き出して鏡を見つめる。頬が赤い。ぎゅっと唇を結んだ。

 

 

ドアの向こうで、お茶を持って来たメイドに、清四郎が愛想よく礼を述べる声が聞こえる。

きっと、いつものように完璧な笑顔を見せているに違いない。

そう思ったら、少し恨めしいような気がした。

 

―――あたしは、こんなにドキドキしてるのに。

 

 

あの夏、潮風の吹き抜ける海辺の寝椅子で、彼に抱かれた情景が蘇る。

清四郎のことが好きで好きで、どうしようもなくって、自分から求めた。

ただただ必死だったから、細かなことなど覚えてはいない。

 

身体にかかる、彼の重み。清四郎の手は、温かかった。

覚えているのは、ただ、それだけ。

 

 

 

「悠理?開けますよ」

コンコンとドアをノックする音に、悠理ははっと我に返った。

止める間も無く、ドアが大きく開き、清四郎が入ってくる。

 

自分はきっと、追い詰められた獣のような目をしてるんじゃないだろうか?

そう思いながら、清四郎の顔を見た悠理は、少し驚いた。

 

切羽詰った顔をしているのは、彼も同じだったから。

 

 

 

 

「悠理」

 

急に、激しい口づけが始まった。

痛いぐらいに強く抱きしめられ、清四郎の手が悠理の身体をまさぐる。

 

「ちょっ…待って!」

「待てない」

 

 

抱き上げられ、ベッドへと運ばれる。

存外に静かに下ろされたと思ったら、すぐに清四郎の重みが身体にかかってきた。

 

額に、瞼に、鼻先に、唇に。

あごに、頬に、耳たぶに。キスが、落とされる。

 

「好きだ」

清四郎が、囁く。

「好きだ、悠理。好きだ…」

 

喘ぐように繰り返される、愛の言葉。

こんな風に清四郎に求められるなんて、少し前までは、考えたこともなかった。

少し性急すぎる清四郎の熱情が怖くて、悠理は清四郎の胸を手で押し戻そうとした。

 

「え?」

手のひらに伝わる、清四郎の鼓動。

それは、まるで早鐘のよう。

 

「…清四郎、ドキドキしてる?」

「ええ、悠理」

動きを止めて、清四郎が答える。

「こんなに惚れた女を抱くのは、初めてだから」

 

悠理は思わずぷっと吹き出した。

「初めて…じゃ、ないじゃん」

そう言って、両手を清四郎の首に回した。

清四郎の表情が、ふ、と柔らかくなる。

 

「あの時は…こんなに惚れてるなんて、気付かなかった…」

 

 

優しいキスが、下りてきた。

唇で、互いの存在を確かめるように、キスを交わす。

やがて、ゆっくりと清四郎の手がシャツの裾から忍び込み、悠理の胸を弄った。

空いた手が悠理のシャツを捲り上げ、そのまま背中にすべり、器用にブラのホックをはずした。

長い指が乳房の周囲をたどり、大きな手が下からそっと揉み上げてくる。

舌が乳首の周囲を舐めなぞり、立ち上がり硬くなってきた先端を押しつぶす。

 

「あん……あっ…」

清四郎の髪を掻き乱しながら、悠理は喘いだ。

黒くサラサラとした髪から、柑橘系の爽やかな香りがした。

徐々に、清四郎の頭が下降していき、香りも遠ざかる。

 

「はぅ……」

押し広げられた足の間に、清四郎が何度もキスをする。

長い指がそっと差し込まれ、ぐるりと内部を探る。

充血し、敏感になった突起を、清四郎が舌で柔らかく舐め、唇で挟むように吸われる。

悠理は目を閉じて浅く息をしながら、無意識に清四郎の髪を指に巻きつけ、するりと流れる髪を、また巻きつけることを繰り返していた。

 

 

清四郎が顔を上げ、額にばらついた髪を、手で後ろに払う。悠理の手が、ぱたり、とシーツに落ちた。

とろんとした悠理の表情を確かめると、清四郎は熱い昂ぶりを押し当てる。

そろそろと、抵抗を押し分けるように進ませ、ぐっと勢いをつけて埋め込む。

 

「あっ!」

「痛いか?」

思わず上げた声に、清四郎が気遣う。

悠理が小さく頭を振ると、ほっとしたような表情を見せて、清四郎はゆっくりと腰をゆすった。

 

浅く、深く…

強弱をつけて、突き入れられる。

内奥に達する度に、悠理の口から自然に、甘ったるい声が漏れる。

擦れ合う場所が熱を持ち、溶け合うように、快感を生みだす。

 

「気持ち、いいか?」

聞かれて、悠理はこくん、と頷く。

「ああ、悠理、悠理…」

清四郎の動きが、激しくなる。堰を切ったように、押さえ込んでいたすべてを、ぶつけるように。

 

強く突かれ、シーツの上を滑る身体を止めようと、悠理は清四郎の背に腕を回して抱きつく。清四郎が、悠理の背に手を回して支える。

絶頂を迎える瞬間、二人はぴたりと身体を押し付け合った。

清四郎が軽いうめき声を漏らし、ゆっくりと律動を止めた。

 

 

 

 

悠理は、身体にかかる清四郎の重みを、ぼんやりとした意識で受け止めていた。

脱力状態から覚めた清四郎が、ゆるゆると身体を起こし、はにかんだような笑顔を見せ、悠理の瞳を見つめたまま、ちゅ、と口付けてきた。

「やっと、僕のものになった」

嬉しげに囁かれた言葉を聞いた途端に―――

 

 

「うっ…ふっ、うぇっ…く」

悠理の瞳から涙が溢れ出し、激しい嗚咽の声が漏れる。

「悠理?」

清四郎は驚いて目を見開き、涙が零れ落ちる悠理の頬を手でぬぐった。

 

「ひっ、く…ふぇっ……」

清四郎の首に手を回し、ぎゅっと抱きついた。

自分の頬に押し付けられた悠理の頬に、涙が、後から後から流れ続けることに戸惑いながら、清四郎も強く抱きしめ返した。

 

 

 

悠理の中で荒れ狂うのは、あの夏から、ずっと押さえつけていた本当の感情。

辛かった。苦しかった。

求め、望みは叶えてもらえても、本当に欲しかった答えはもらえずに。

忘れようと、吹っ切ろうと、一生懸命に努力しても、清四郎のことで一杯になっていた心を他の事に向けられるようになるまでには、かなりの時間が必要だった。

そして、ようやく清四郎の顔を見ても、胸が疼くことはなくなったと思ったら、急に彼から愛を告げられて。

「受け入れてなんか、やるもんか」と思って拒絶したのに、清四郎は諦めずに悠理を口説きだした。

 

 

それが、泣きたい位に嬉しい自分がいた。

彼の仕草に、言葉に、舞い上がってしまう自分がいた。

 

 

あの夏と、ひとつも変わらない自分の恋心を思い知った。

深く深く、切り捨てることなど出来ない思いを知った。

 

「やっと、僕のものになった」

それは、こっちの台詞。

 

 

 

やっと、やっと。あたしは、清四郎を、自分のものにした。

 

 

 

声を上げて泣くことで、心の滓(おり)が洗い流されていく。

涙がひとつ零れ落ちるたびに、胸の中がすっと綺麗になっていく。

 

 

泣き続ける悠理を、清四郎は包み込むように抱きしめ、ずっと、彼女の髪を撫で続けていた。

 

「愛してる」と、何度も囁きながら。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「清四郎って、酷い男だと思ってたけど、悠理があんなに綺麗になっちゃうんだから、やっぱりいい男なのかしらねぇ」

 

翌日。

聖プレジデント大学内にある、有閑倶楽部の部室。

ティーカップを両手で包み込むように持った可憐が、溜息混じりに呟いた。

 

「あら、私はやっぱりロクデナシだと思いますわ」

同じく手に持ったティーカップから、お茶をひとくち飲みながら、野梨子がぴしり、と言い放つ。

 

「まぁね、いいじゃないの、幸せならば」

「そういうことだ」

美童がおどけて言うのに、魅録が頷き、4人は微笑みながら、窓際でなにやら話しこんでいる二人を見やった。

 

 

 

 

内から輝くような笑顔を見せる悠理と、それを蕩けそうな表情で見つめる清四郎。

 

幸せそうな二人に、皆はこっそりと拍手を送った。

 

 

 

ようやく、互いの思いを叶えた二人に。

 

 

 

 

 

end

(2006.9.13up)

 

 

 

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