「プロローグ」

 

 

 

悠理が泣いている。最近見だしたイヤなことしか見えない「予知夢」のせいで自分と可憐の死が見えたらしい。

―――抱きしめてやりたい  

そう思った。

出しかけた手を一度引っ込めて、その手を悠理の頭に置いた。

―――まだ抱きしめてはいけない  

きっと抱きしめても、不思議は無いだろう。悠理を落ち着かせる為なんだ。そう思ってはいても、躊躇してしまった。

どうして、抱きしめてやりたいと思ったのか。

どうして、まだ抱きしめてはいけないと思ったのか。

本当はわかってる「抱きしめてやりたかった」のではなく僕が「抱きしめたかった」のだということ。

泣いている悠理がたまらなく愛しくて、この腕に抱いてしまいたいと思ったこと。

だからこそ「抱きしめる」ことが出来なかった。

悠理を落ち着かせる為でもなんでも無く自分自身の感情で抱きしめることには罪悪感があった。

いつからなのだろう、悠理に対してこんな風に思う様になったのは。

野梨子や可憐とは別の感情を持つようになったのは。

はっきり愛しいと認めたのはこのときだけど、本当はもっと以前からだったのかもしれない。

 

「せーしろっ!」

突然目の前に悠理の顔が現れて、僕は不覚にも椅子から落ちてしまった。

「う、うわ!なんですか、いきなり!」

「いきなりって、お前なぁ。あたいさっきからずっと声かけてたんだぞ。」

なぁ、というように他のメンバーの方を振り返る。他のメンバーはと言えば、うんうん頷きながら、普段はあまり見られない清四郎の醜態をニヤニヤしながら見ている。

「そ、そうだったんですか。それはスイマセンでしたね、ちょっと考え事をしていたものですから。」

いつもの自分を保つべく、咳き払いなどしながら椅子に座りなおした。

「なぁに考えてたのかなぁ、せーしろー?」

はっきりと動揺している清四郎を見て、いつもバカにされてる仕返しだと言わんばかりに悠理が顔を近づけてくる。

「別にたいした事じゃありませんよ。」

「たいした事ないわけないじゃないか、お前がそんなに動揺するなんて。」

魅録までがまでが、追い討ちをかける。

「ホントになんでも無いですってば!それよりなんだったんですか?なんか用事だったんでしょ?」

「今日は珍しくみんな暇だから、これからご飯でも食べに行こうって話してたのよ。」

可憐の言葉で悠理は、清四郎を問い詰めることで忘れそうになっていた食事のことを思い出した。

「そうだよ、メシ、メシ!清四郎、お前も行くだろ?」

「楽しみですわ、清四郎がさっき何を考えてたのか聞かせていただくことができるなんて。」

澄ました顔で野梨子までが面白がっている。

「そうだよ、絶対教えてもらうからね。さぁ、早くお店に行こう。」

美童が清四郎の腕を引っ張って立たせた。

(言えるわけ無いでしょ、悠理のことを考えてたなんて。でも、なにも話さないわけにはいかなさそうだな。ま、なにか適当なことを言ってごまかしてしまうか。)

「仕方ありませんね。お手柔らかに頼みますよ。」

いつもの余裕たっぷりの笑顔で応えた。

 

  

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