「きっかけ」

 

その日悠理はすこぶる機嫌が悪かった。
今朝見た雑誌の星占いで、「今日のあなたは最悪。何もしないでじっとしていた方が良いでしょう」と書いてあったのだ。
もちろん読んだ瞬間にそんな雑誌は破り捨てたのだが、機嫌が戻るわけも無く。
普段なら全くそんなもの気にしないのだが、可憐が「この雑誌の占いすんごく当たるのよー」と言って貸してくれた雑誌だった。
どうやら可憐はのときは当たっていたらしい
気にしない様にしようとすればするほど、妙に気になってきた。
「あー!くそ!むしゃくしゃする!こんな時は思いっきり身体動かすのがいいんだよなぁ。チンピラ狩りにでも行こうかなー」
だが最近街のチンピラ達は悠理の顔を見るなり、こそこそと隠れてしまうようになっていた。どうやら関東一の大親分・菊翁文左衛門が自分のガールフレンドである剣菱百合子の娘の悠理にはなにがあっても手を出すなと厳しいお達しを出しているらしかった。
それをこの間百合子から言われていたのを思い出して、ため息をついた。
「そうだ!じっちゃんのところに行こう!あそこなら思いっきり暴れられるし、誰からも怒られないもんね!」
決しておとなしくしているという事ができない悠理は、嬉々として雲海和尚のところへと出かけていった。

雲海和尚のところで思いっきり身体を動かした悠理の機嫌はすっかり良くなっていた。
「なーにが最悪だよ、あの占い。ちっともイヤな事なんか起こらないじゃないか。可憐もあんなの信じてるようじゃまだまだだよな」
今にもスキップをしそうな雰囲気で家までの道を歩いていた。
角を曲がった瞬間、清四郎が見えた。清四郎も雲海和尚のところへ行くつもりなのか、手には胴着を持っている。
だが悠理には、そんな事どうでも良かった。
清四郎は、女の子と一緒だったのだ。
悠理は視力がかなり良いので、女の子が清四郎に何か手渡しているのが見えた。
(手紙か?)
清四郎は彼女に優しく微笑むと何かを言っている。さすがに内容まではわからなかったが、なんとなく「ありがとう」と言っているように見えた。
悠理の胸がちくりと痛んだ。
清四郎がもてると言うのは悠理だって知っている。
頭も顔も良く家柄も良い。あの悪魔のような性格だって、倶楽部のメンバーやごく内輪の人間、今まで倶楽部に関った人間しか知らない。だから学校の生徒や、一般の女の子達が清四郎に憧れても不思議は無いのだ。
そんな事わかっていたはずなのに実際にこういう場面を見てしまうとなんだか胸が締め付けられるような感じがした。
(あたい、何でこんな気持ちなんだろう・・・)
せっかくいい気分だったというのにまたイヤな気分になってきた。それ以上清四郎達を見ていたくなくて、その場から逃げ出したくなった。
だが、くるっと向きを変えた途端清四郎に声をかけられた。
「悠理!和尚のところですか?奇遇ですね。僕も今からいくところですよ」
女の子を置いてこちらに走ってくる。
「いいのかよ、あの子」
チラッと女の子に目をやる。
自分とは違う、とても女の子らしいかわいい子だった。
また悠理の胸が痛んだ。
(あたい、やっぱヘンだよな)
「あぁ、もう話は終わりましたからね」
「手紙、貰ったんだろ?」
「これですか」
笑いながら、手に持っていた手紙を悠理に見せる。
「で、どうすんの?」
いつもの様に振舞おうと冷やかす様に清四郎を見る。
「別にどうもしませんよ。まぁ一応は返事ぐらい書きますけどね。貰いっぱなしというわけにもいきませんから」
「返事書くんだ。なぁ、そういう時ってなんて書くんだ?」
「そうですねぇ。今までの経験から言ってこの手紙もいわゆる告白という奴でしょうから、丁重にお断りさせてもらいますよ」
「断んの?」
それを聞いて、わかっていてもなんだかほっとした悠理。
「当たり前でしょう。どこの誰だかわからない女の子に好きだなんていわれてホイホイ付き合う様に見えますか?」
「そう言うわけじゃないけどさ」
「・・・安心しましたか?」
「な!何言ってんだよ。あたいは別にお前が誰と付き合おうと知ったこっちゃ無いんだからな!」
清四郎に対して、わけのわからない不安を感じていた事を見透かされたような気がしてぷいっと横を向いた。
「だいたい僕は悠理にプロポーズをしている身ですからね。他の人と付き合うわけ無いでしょ」
しれっとした顔でいう清四郎に対し、悠理の顔は真っ赤になっていた。
「お前まだそんな事言うかー!」
「だって本当の事ですからね」
楽しそうに悠理の顔を覗きこむ清四郎。
悠理は、からかわれてはいるがこうして隣に清四郎がいることが今はただ無性に嬉しかった。
なんとなく自分の気持ちに気付き始めた悠理だった。

 

 

 

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