「CAN YOU CELEBRATE?」

注:この話は『体温』の四年後の設定です。

 

 

「いよいよね」
可憐はティーカップを置くと悠理に笑顔を向けた。
「あぁ。明日だもんなぁ・・。」
「どうですの?結婚式を明日に控える心境というのは?」
野梨子の表情も穏やかだ。
「うん」
二人の表情とは裏腹に、悠理の顔は何だか冴えない。
そんな悠理に可憐と野梨子は顔を見合わせた。
「どうしたって言うのよ。清四郎とケンカでもしたの?」
「そう言うんじゃないんだけど・・・」
「なら、どうしましたの?」
「・・・なんかさぁ。ホントにあたい、清四郎と結婚していいのかなと思ってさ」
「どう言うことよ。プロポーズされたって言ったときあんなに喜んでたじゃない」
「バ、バカ、あたいは別に、そんな!!」
相変わらず真っ赤になる悠理に先を促した。
「今はそんなことどうでもいいのよ。それより、なにか言われたの?」
「別にアイツはなにも言わないよ」
「じゃぁなんだって言うのよ。この後に及んで」
「あたいら、この四年ちょっとの間たまにしか会えなかっただろ」
「まぁ、ねぇ〜」
可憐と野梨子はなんとも言えない顔で互いを見やった。
(偶にって言ったって、一月に一回は行ってたけどね・・)
悠理は二人の表情に気付かず、話を続けている。
「そしたらさ、結構いるんだよ」
「何がですの?」
「アイツのこと好きだっていう女」
「「えぇっ?」」
(どっからどう見ても悠理のことしか考えてないのに。それがわかんない女がいるなんて)
(ものすごく鈍感な人なのかしら。それともわかっててやってますのかしら)
「ずっと一緒にいた頃はあんまり気付かなかったんだけど、あいつって結構もてるんだよなぁ。アイツのあの性格をみんな知らないからもしれないけど・・。偶に向こうに遊びに行くと、たいてい誰か言い寄ってきてるんだ。あたいが知ってるだけでも5人はいたな」
「ま、まぁ清四郎も、あの性格さえなけりゃいい男だからねぇ・・」
「でも、清四郎はみんな断ったのでしょ?」
「まぁな。でも・・・」
「なんですの?」
「うん。・・・その中には美人だし、頭も良いし、女らしいしっていう人もいてさ」
二人は悠理が何に悩んでいるのかがなんとなくわかってきた。
「あたいなんかより、そういう人と一緒になったほうがあいつにとっちゃ良いんじゃないかなぁなんて・・」
「悠理」
「あたいって、ほら。頭悪いし、がさつだし、喧嘩っ早いし。全然女らしくないだろ?」
悠理の顔は笑ってはいたが今にも泣きそうだった。
可憐と野梨子は顔を見合わせて溜息をついた。
「別にそれでいいのじゃありません?悠理は悠理ですもの。清四郎だってそんな悠理だから愛したのじゃありませんの?だったら、なにも考える必要はありませんわ」
「そうよ、それにあんただって十分女らしいわよ。清四郎への気持ちに気付いてからのあんたは、その辺の男が振り返るぐらい綺麗になっていったわよ」
「あたいが?」
「もっと自信持ちなさい」
可憐はクスリと笑うと「それにしても・・・」と続けた。
「なに?」
「そんなことで悩むなんてやっぱりマリッジブルーってホントにあるのね」
可憐はクスクス笑っている。
「マリッジブルー?」
「花嫁が結婚することに不安になることですわ」
「あんたでもそんなことになるのね」
「なんだよ、それ。あたいは繊細なんだぞ!」
「ハイ、ハイ。とにかくあんたはあんたらしくいればいいのよ。清四郎だってそれを望んでるんだから」
「そうかなぁ・・」
「弱気になるなんて悠理らしくないですわよ!第一、今更結婚を止めるなんて言われたら、私と可憐のこの1ヶ月の努力を無駄にすることになるんですのよ!!」
「そうよぉ、魅録と美童だって、あっちこっち走りまわったんだからね」
悠理と清四郎の結婚式は自分達で作るんだと4人は色々画策していた。
「うん、そうだよな。ごめん、あたいなんか今日はヘンだよな」
「あんたはあんたらしく清四郎と幸せになんなさい」
「そうですわ。悠理がそんな顔をしていたら、清四郎きっと悩みますわよ」




「いよいよだね」
「どうなんだ?明日結婚する男の心境ってのは」
タバコに火をつけると魅録が訊いた。
「はぁ・・・」
何だか冴えない清四郎の表情に魅録と美童は顔を見合わせた。
「どうしたんだよ、んな顔して。ケンカでもしたか?」
「そう言うわけじゃないんですけどね」 
「なら、どうしたってんだよ」
「ちょっとね・・・。ホントに僕なんかで良いのかと・・・」
「なに言ってんだよ、珍しく弱気だな」
「そうだよ。清四郎がプロポーズした後、悠理めちゃめちゃ嬉しそうだったじゃない」
「悠理がなんか言ったのか?」
「別に、悠理はなにも言いませんよ」
「だったら、なんだってんだよ。この後に及んで。もしかして剣菱のことか?」
「いえ、剣菱は関係ありません。その為に四年間も悠理と離れていたんですから」
魅録と美童はまた顔を見合わせた。
(あれは、離れてたって言うのか?確か悠理のやつ一月に一回は向こうに行ってた気がするけど)
「ねぇ、清四郎。ホントにどうしちゃったんだよ。剣菱のことじゃないんだったら何がそんなに気になってるんだい?」
清四郎は少しはにかんだような弱々しい笑顔を二人に向けると、ゆっくりと口を開いた。
「悠理が、偶に僕のところへ来ていたのは知ってるでしょ」
「あぁ、まぁな」
「その時に、見たくないものまで見てしまうことがよくあったんですよ」
(今更、悠理の見たくないような一面なんてあっただろうか・・・)
二人は同じことを思った。
「な、何を見たんだ?今更、アイツのどんなトコ見て躊躇するってんだよ」
「悠理は悠理ですよ。今更アイツが何しようが、別に驚きません」
「じゃあ、なんだって言うのさ」
「僕が見たくないって言うのは、悠理が他の男に言い寄られる所ですよ」
「「悠理がぁ!!」」
「なんですか?」
「い、いや、別に・・」
(悠理の傍に寄っただけで殺されるかと思うほどの視線を投げつけてくるくせに、それにもめげずに言い寄る命知らずなんているのか)
「日本にいる頃は気付かなかったんですけどね。アイツのあの天真爛漫と言うか自由な所が外国では魅力的なようで・・。僕が知ってるだけでも6人の男が悠理に言い寄ってきましたよ。その中には優しそうで、頭も良さそうな人もいましてね」
「でも、悠理は全部断ったんだろ?」
「というよりは、全く気付いていない様でしたけどね」
「悠理らしいね」
「で、なんでお前が悩むんだよ。いいじゃないか、悠理にその気はないんだから」
「そうだよ、自分の彼女がモテルなんていい女だってことでいいじゃないか」
「はぁ・・・。でも僕が、悩んでいるのはそう言うことじゃないんですよ」
「どう言うことだ?」
「悠理は、どうして僕なんかを選んだんでしょうね。僕は悠理に優しくするどころかいつも、ついつい意地の悪い事を言ってしまうし・・・」
「男にも、マリッジブルーってあるんだね」
珍しく弱気な清四郎に美童がポツリと呟く。
「え?なんだよそのマリッジなんとかって」
「花嫁が結婚することに不安になることですよ。僕が、マリッジブルーだとでも言うんですか?」
「そうじゃないの?今更、そんなこと言うなんてさ。だって悠理は清四郎を選んだんだよ。清四郎が悠理に素直に優しくできないのなんて、ずっと前からじゃないか。それでも、お前を選んだんだ。悠理はイヤならイヤって言うよ。そんな事清四郎が一番よく知ってるだろ。それに・・・」
「それに?」
「僕には、清四郎への気持ちに気付いてからの悠理は日に日に綺麗になっていくように見えたよ」
「美童・・」
「そうだぞ。最初どう見ても男だったアイツが、お前と付き合うようになってだんだん女になっていくのが、俺にもわかったぐらいだからな」
急に清四郎の顔つきが変わる。
「・・・まさか、二人とも!」
「「ち、違う!違う!!」」
清四郎の殺気立った眼に魅録と美童は慌てて首を振った。
「あのなぁ・・・。アイツはお前だから、アイツらしくいられんだよ。アイツにはお前が必要なんだ。親友として保証してやるよ」
「そうだよ、それに今更、そんなことで結婚を躊躇されちゃ困るよ。僕達この1ヶ月どんだけ走り回ったことか。可憐や野梨子だって、ものすごい努力してたんだからね」
悠理と清四郎の結婚式は自分達で作るんだと4人は色々画策していた。
「お前はお前らしくアイツを愛してやればいいんだよ」
「そうだよ。そんな顔してたら悠理、不安になるよ」

 



その日は朝から雲一つない晴天だった。
二人の門出を祝福するような、つきぬけるような真っ青な空。
秋の心地よい風が、みんなの気持ちをいっそう穏やかにさせた。

海の見える小高い丘。
そのてっぺんにはどこから持ってきたのか石の台座に大きな十字架が立っている。
二人を祝福する為に集まった、仲間とその親族。
派手なことを誰よりも好む悠理が、言い出したことだった。
『あたいらの結婚式は、あたいらの事を本当に知っている人が来てくれればいい。剣菱の名前や、菊正宗の名前で来てもらっても嬉しくない。それに、お前等がいれば十分派手だろ?』と。

十字架の前には神父と新郎である清四郎が今か今かと花嫁の到着を待っていた。
「遅いですね」
「ホント何してんだろうね」
傍にいた美童が、悠理が準備をしているはずの建物を振り返る。
建物の中には万作と悠理、それに可憐が残っているはずだ。
「まさかおじさん、今になって悠理を嫁に出すのを嫌がってるんじゃ」
「ヘンな事言わないで下さいよ」
ギロっと睨む。
「落ちつけよ、清四郎。ほら、見えてきたぞ」
魅録が言うように万作が先に見え、その少し後を可憐に手を引かれた悠理が見えた。
その悠理の姿は清四郎だけではなく、見る者全てが思わず見とれてしまうほどだった。
手をひく可憐はすでに涙で顔がぐしゃぐしゃだった。
万作の目も赤い。
皆が集まっているその少し手前で悠理の手を万作に預けると、可憐は野梨子の隣に移動した。
野梨子が自身も目に涙を浮かべながら、可憐の肩を抱く。

万作と悠理が1歩1歩清四郎の元へと近づいてくる。
野梨子と可憐がこの1ヶ月寝る間も惜しんで縫上げた、世界にたった1枚の悠理の為だけのウエディングドレス。
そのドレスを身に纏い、少し緊張した表情で、それでも真っ直ぐ清四郎だけを見つめる悠理。
手の届く所まで近づいたとき、清四郎はゆっくりと悠理に左手を差し出した。
悠理はにっこり微笑むと、万作の腕から手を離し、清四郎の元へと右手を差し出す。
お互いの手がしっかり繋がれ、二人は神父の前に並んだ。

「み、魅録?お前なんて格好してんだよ!!」
悠理はこの時初めて気付いた。
目の前に立っている神父が魅録であることに。
「お前、今頃気付いたのかよ」
ニヤリと笑う。
「今日は俺がお前等の結婚式を仕切るからな。覚悟しとけよ」
悠理は隣の男を見上げる。
「僕もさっきココに来てはじめて知ったんですよ」
「ほら、さっさとはじめるぞ。んな顔すんな」
魅録が悠理の顔を見ていった。
憮然とする悠理に、清四郎も手を繋いでるのとは反対の手で、悠理の頭を撫でる。
漸く元の笑顔に戻る悠理。
そこには、昨日までの不安は微塵もなかった。

「じゃぁ、はじめるぞ」
あ、あぁと喉を鳴らして、魅録が聖書らしき本を覗く。
「ただいまより、菊正宗清四郎と剣菱悠理の結婚式を執り行います。この結婚に意義があるものは今のうちに言うように」
魅録がそう読み上げた。
もちろん反対するものなどココにはいない。・・・・・はずだった。
「ハイ、ハーイ!!」
清四郎の姉・和子が妙に嬉しそうに手を挙げる。
清四郎と悠理は顔を見合せた。
「か、和子さん?」
「悠理ちゃーん、そんなヤツとの結婚、やめといたほうがいいわよー!!」
「あ、姉貴!!」
清四郎が真っ赤な顔で焦っている。他の面々はみなニヤニヤしながらそれを見ていた。
するとまた、別の声が。
「そうよぉ。結婚なんてもっと遊んでからしなさ〜い」
「ち、千秋ちゃん!!」「千秋さん!!」
その声に今度は松竹梅親子が焦った。
妙に実感のこもったその言葉に、松竹梅家以外は大笑いした。
先程のしっとりした雰囲気はすでに消え、いつもの有閑倶楽部らしい明るさになってきた。
「・・・と、とにかく。この結婚に反対の人は誰もいないと言うことで・・・」
焦りまくる神父に、二人は笑いを堪え肩を震わせる。
そんな二人を睨む神父。
その視線に気付いて、二人は顔を見合わせて微笑んだ。
「は、はじめるぞ。え〜、菊正宗清四郎。お前は剣菱悠理を妻とし生涯、コイツがどんなに派手な服を着ようが、どんなに食欲を発揮しようが、どんなにじゃじゃ馬であろうが愛することを誓いますか?」
「な、なんだよ!それ!!」
真っ赤になる悠理に先程のし返しだといわんばかりに口端を上げる魅録。
悠理はそんな魅録をキッと睨むと、清四郎の顔を、それでもどこか不安げに見つめる。
清四郎はその目を見つめかえすと、穏やかな声で言った。
「誓います」
魅録はニヤリと笑うと悠理に向って続けた。
「剣菱悠理。お前はこの自身満々で高慢で、イヤミったらしい菊正宗清四郎を夫とし生涯愛することを誓いますか?」
「魅、魅録!!」
焦る清四郎の隣では悠理が声をあげて笑っている。
「さぁ、悠理どうなんだ?」
清四郎と魅録が悠理の顔を見る。
笑っている悠理の瞳からは一筋の涙が零れた。
「お前、そんな可笑しかったか?」
「違うんだ。あたい、なんか嬉しくって・・」
その表情はとても幸せそうだった。
「・・・悠理」
「誓います。清四郎がどんなヤツだってあたいは清四郎がいいんだ!!」
途端にあっちこっちから口笛が飛んだ。
ふたりは繋いだ手に力をこめた。

「それでは、次に指輪の交換」
野理子が、二つの指輪を持ってきた。
魅録と美童が可憐の母親のツテを頼りに、ふたりの為に自分達の手で作り上げた、ドレス同様世界に1つずつしかない指輪。
清四郎は一旦繋いでいた手を離し悠理の左の薬指に小さな指輪をはめた。
悠理も清四郎の節ばった薬指に指輪をはめる。
お互いの指に指輪が納まると、魅録が言った。
「じゃぁ、後は誓いのキスだな」
「や、やっぱソレすんのか?」
「当たり前だろ!なに今更照れてんだよ」
「だって・・」
ちらりと清四郎を見る。
清四郎は少しはにかんだような顔をしながらも、悠理の頬に手を添えた。
悠理は顔にかかるベールはうっとうしいからと、顔にかからないように大きなレースを頭にかけている。
そのレースごと両手で悠理の顔を挟む。
そして少し上を向かせると、そっと口付けた。
顔を離すと清四郎は真っ赤になる悠理を思いっきり抱きしめた。
「おい、おい、そういうことは後からふたりだけのときに好きなだけやってくれ」
魅録の呆れたような声に悠理はさらに赤くなった。

「それでは、これで菊正宗清四郎と剣菱悠理の結婚式を認めます。・・・幸せになれよ、二人とも」
「えぇ」 「あぁ」
ふたりは顔を見合わせると、みんなのほうへ振り向いた。
「みんな、今日はサンキュー!これからもよろしくな!!」
悠理はそう叫ぶと、持っていたブーケを空高く放り投げた。
真っ青な空に、赤いガーベラのブーケが鮮やかに咲いた。

 

 

 

 イラスト by ネコ☆まんまさま

 

 

 

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 Material by Moca さま