「じゃんけん」 By 千尋さま&麗
「清四郎!」
新聞を広げている清四郎に、悠理がいきなり呼びかけた。 テーブルの向こうで、手を腰に当て、仁王立ちで清四郎をねめつけている。
「何です?」 顔をあげた清四郎は、涼しい表情で聞き返した。 放課後の部室。開け放された窓からは、心地良い5月の風。
「今からじゃんけん勝負だ!負けたほうが勝ったほうの言うこと、なんでもきくんだからなっ!」 「は?」 悠理の言葉に、清四郎は片眉を上げた。 「問答無用だ、行くぞ!せーの、じゃん〜けん〜ぽんっ!! あああっ!!」 悠理はパー、清四郎はチョキ。清四郎が、にやりと不敵に笑う。
「…僕が勝ちましたね。知ってましたか?じゃんけんの時、悠理は最初必ずパーを出すんですよ」 「…っ! 清四郎、もっかい勝負だ!」 「駄目です。そんなの却下です。…そういえばじゃんけんの前に言ってましたよね? 負けたほうが勝ったほうの言う事きくとか…。ってことは、悠理は僕の言う事、きかなくちゃいけませんね?」 清四郎の言葉に、悠理は悔しそうに唇を噛んだ。 「…くっそー。―わかったよ。あたいが言い出したことだしな。何でもきいてやるよ。さあ、好きな事言えよ」 挑むように言うと、清四郎の顔をぐっと睨みつけた。
「悠理が、僕にして欲しい事を全部隠さず教えてください」 「…へっ?」 思いがけない言葉に、悠理は豆鉄砲を食らった鳩のような顔で、声を裏返させた。 その様子に、清四郎は小さく笑い声をあげると、優しい瞳で悠理を見つめた。 「まったく。なんて顔してるんだ。…何か僕に言い難いお願い事があるんでしょう? じゃんけんを理由にしても、わかりますよ。悠理の考えることなんて」
悠理は、ポカンと口を開いたまま、清四郎のからかうような声を聞いていた。 「お前のことは、何でもお見通し」といわんばかりの口調。いつもいつも見透かされてしまう、自分の心。ちょっと、悔しい。
「…お前って、ホントにヤなやつだよな…」 悔し紛れに、憎まれ口を叩く。 「だったら、その嫌な僕へのお願いはきいてあげなくていいんですね? そうですか。わかりました」 清四郎はいたって涼しい顔。バサッと新聞を広げなおし、また紙面へと視線を落とした。 「あ〜! ちょっ、ちょっと待って! お願い、言うからさあ〜」
慌てて、悠理がテーブルに手を着いて清四郎の顔を覗き込むと、清四郎がすっと視線を上げた。 ―――作戦成功。その黒い瞳に浮かぶ、勝ち誇ったような満足気な笑み。 ―――我敗北。悠理の顔に浮かぶ、してやられたという表情。
「…で、何が望みなんです? 悠理、言ってみろ」 「…清四郎と…キス…」
俯いて頬を染めた悠理に、清四郎は大きく目を見開いた。 二人が付き合いだして、一週間。互いに好きだと告げたはしたものの、普段の生活に恋人らしい甘さはまだ無い。 キスといえば、3日前の別れ際に、不意打ちのように交わした一度だけ。もしかしたら悠理は、不安だったのかもしれない。
かたり、と音をさせて、清四郎が椅子から立ち上がった。 ゆっくりとテーブルの角を曲がり、俯いて立っている悠理の横へ。ぽん、と細い肩に片手を置いた。 ちゅ。頬に触れた、少し冷たい清四郎の唇の感触。ゆっくりと離れる唇。悠理は頬を手のひらで押さえた。
「これで、いいですか?」 「うん……」 はにかんだような清四郎の表情に、悠理は頷いた。 本当は、ちゃんと唇にして欲しかったけど、そんなことは言えない。そこまでは、言えない。 ほんの少しの落胆を、清四郎には悟られないように目をそらした時、 「悠理」 囁くように、低い声で名を呼ばれ、悠理はふっと清四郎の顔を見た。
「じゃんけんぽん!!」 「???」 とっさに出した悠理の手はパー。 「馬鹿。ちょっとは学習したらどうなんです?」 清四郎はチョキを出した手を振りながら、呆れたように呟いた。
「な…ずるいぞ、お前!」 「勝負は知略と計略ですよ。僕の勝ちですから、言う事を聞いてもらいましょうかねぇ」 「な、なんだよ…」 にっこりと悪魔の笑みを浮かべた恋人に、悠理は後ずさりしながら尋ねた。
「悠理とキス、したいんです」
今度は、悠理が目を見開く番。 後ずさりしていた身体が、椅子の背に当たって止まった。 清四郎の手が、悠理の両肩に置かれた。少し傾けられた、清四郎の顔が近づいてくる……
「……青春だなぁ」 「なんだか、赤面してしまいますわ」 「…お前ら、出歯亀やってんじゃねーよ。行くぞ」 「そうね。二人っきりに、させといてあげましょ」
生徒会室の前の廊下で、友達甲斐のある会話が交わされていたことを、二人は知らない。
end (2006.4.27)
相変わらず拍手ネタに苦労している私に、またもや千尋ちゃんが手を差し伸べてくれました。 「清四郎と…キス…」までの台詞は千尋ちゃん筆。私は状況説明&オチを書き加えさせていただいただけ。ああ、他人のフンドシでSS書くのって、ラク♪ ありがとう千尋ちゃん。またネタ頂戴ねっ!(←殴)
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Material by macherie さま