エイプリル・フール

 

 

 

「悠理、お前が好きです。僕と付き合ってもらえませんか?」

 

 

突然の清四郎の告白に、悠理は咥えていた煎餅をぽとり、と落とした。

まわりで楽しげに談笑していた倶楽部のメンバーも皆、凍りついたように動きを止めた。

春休みの一日、野梨子の家の一室でのことである。

 

 

「い、今、なんて…」

悠理は顔面蒼白である。

「だから、お前のことが好きだ、と言いました」

清四郎はいたって真面目な顔で、淡々と言い放つ。

 

「うそ、清四郎が…?野梨子、あんた知ってた?」

「いいえ、気が付きませんでしたわ」

「へぇ、清四郎が悠理をねぇ」

「マジかよ…」

二人の後ろで、友人達が顔を見合わせ、ひそひそと囁き交わす。

 

 

「う、嘘だよね?また、あたいをからってるんだろ?」

悠理は、清四郎の腕を掴んですがるような瞳で彼を見た。

 

「そうです」

「は?」

清四郎の返事に、悠理は頓狂な声を出した。

「だまされましたね。今日は四月一日。エイプリル・フールですよ」

そう言うと清四郎はにやりと笑い、舌を出した。

 

 

「な、なんだよ、冗談きついぜ、清四郎さんよ」

「そ、そうよ。もう、清四郎ってば、びっくりしたじゃないの!」

友人達の安堵の入り混じった非難の声に、清四郎は泰然と微笑んだ。

 

「皆も騙されたんですか?嘘に決まってるじゃないですか。ははははは…」

「そうだよね。ははははは…」

「そうですわよね、ほほほほほ…」

清四郎がからからと笑い、仲間達が顔を見合わせながらも調子を合わせたように笑い出し、だんだんとその笑い声は大きくなっていった。

そのとき―――

 

 

 

「う、うっ、ひっ…」

突如、聞こえてきた嗚咽に、皆は固まった。

 

「「「「「悠理?」」」」」

声の主は、騙された当事者である悠理。

清四郎の「エイプリル・フール」という言葉の後、呆然として固まっていたのが、皆の笑い声の中、溶け出したように表情が崩れ、ボロボロと涙を流しだしたのだ。

 

 

「な、なんだよ。びっくりしたけど、ちょっと、嬉しかったのに…清四郎の、馬鹿ぁ!」

「悠理…」

こぼれ落ちる涙を拭おうともせず、しゃくりあげながら投げつけられた言葉に、今度は清四郎が呆然とした表情になった。

 

 

「わ、悪かった、悠理。泣かないで下さい」

慌てて悠理のそばに行き、細い肩を抱いて泣き顔を覗き込んだ。

「まさか、おまえが本気にするとは思わなかったんですよ。笑い飛ばしてくれると思ってたんです。それに…」

「ひっく、ひっく…それに?」

まだしゃくりあげながら、悠理は清四郎を見つめた。

 

「本当は、嘘だと言ったのが嘘なんです。僕は本当に、お前のことが…」

「あたいのことが?」

「す、好きです」

らしくもなく、ややどもりながら言った清四郎の言葉に、皆は息を呑み、悠理はひくっとまたひとつしゃくりあげた。

 

 

「ホントに?エイプリル・フールじゃなくって?」

泣いてかすれた声で、悠理は尋ねた。

「ええ、エイプリル・フールじゃなくって」

清四郎は、力強く頷いた。

 

「ホントにホントに?」

「ええ、ホントにホントに。だから、泣くのはやめて下さい」

「そっかぁ」

ぱぁっと、花が咲いたように悠理は笑顔になった。

 

「ああ、笑ってくれましたね。そう、僕はその悠理の笑顔が好きなんですよ。騙して悪かった。お詫びに、何かおいしいものでもご馳走しますよ。行きましょうか」

「うん!!!」

微笑みあい、二人は手を繋いで立ち上がった。

 

 

「と、いうわけなので、僕たちはお先に失礼します」

「じゃな、皆。また〜」

 

軽く手を振ると、二人は呆然としたままの友人達を置いて、部屋を出て行った。

 

残された友人達が我に返り、、わけのわからないままに今見た光景について興奮して話をしだしたのは、その後10分ほどが経過してからのことである。

 

 

*****

 

 

「あー、おかしかった!見た?皆のあの顔!最高だったな、清四郎!」

「ええ、そうですね」

 

春らしいぽかぽかしたと日差しの中、清四郎と悠理は笑いながら路地を歩いていた。

 

 

「あたいの演技、最高だったろ?特に、最初の呆然とした顔とかさ」

「ええ、泣き顔も、ぐっと来るものがありましたよ」

 

どうやら、先ほどの一幕は全て、二人が仕組んだエイプリル・フールのお芝居だったらしい。

悠理はいたって上機嫌で、小走りに清四郎の前に出ると、振り返って後ろ向きに歩きながら、清四郎に話しかけた。

 

「あたいさ、エイプリル・フールっていつも騙される側だったからさ、騙す方の快感を今日はじめて知ったよ。あんがと、清四郎」

小首を傾げて、清四郎に笑いかける。そのかわいらしい様子に、清四郎は微笑んだ。

 

「どういたしまして。ま、僕にとっては、この話自体がエイプリル・フールの仕掛けだったんですけどね」

「え?」

清四郎の言葉に、悠理は目を見開いた。また何か騙されたのかと、不安がその顔をよぎる。

 

 

清四郎はそんな悠理の表情を見ると、穏やかに笑ってすっと視線を青く晴れた空に向けた。

「これで、もはや僕達は公認の中ですねぇ」

「え、え、え?」

清四郎の言うことの意味がわからず、立ち止まった悠理の横をすり抜けながら、清四郎は楽しそうに笑った。

 

 

 

「エイプリル・フールの嘘、本当にしませんか?」

 

背中越しに聞こえてきた言葉に、驚いて振り返る。

 

「ま、待てよ、清四郎!それって…」

 

 

慌てて前を歩いていく、清四郎の後姿を追う悠理。

 

二人の間に、春風が桜の花びらを一枚運んできた。

 

 

 

end

(2007.4.1up)

 

 


 

と、いうわけで。

皆さまを驚かせた悪ふざけのお詫びです〜。

こんなもんで、堪忍を。m(__)m

 

 

 

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