「おかえり。」
「今日も遅くなりそうなので、すみませんが夕食は先に食べておいて下さい」
帰り道、あいつからのメールを受信したのは、自宅のマンションの前。 働いて帰って、今日も一人で夕飯を食べないといけないかと思うと、疲れがどっと増した。 今更どこかに食べに行くのも面倒で、コンビニで弁当とカップめんを買って帰り、テレビを見ながら食べた。三つ買ってきた弁当を全て平らげても、あいつはまだ帰ってこない。
風呂に入り、調子っぱずれの歌を歌いながら身体を洗った。 二人がゆったり入れるほど広い浴槽に、一人で入り、悠々と手足を伸ばしてみたら、滑って沈みそうになった。 フロから上がると、お気に入りのパジャマを着て、髪をごしごし拭きながら、冷蔵庫からビールを取り出して一口飲む。 リビングのソファに向かって歩きながら、ふと窓を見る。 天井近くまである大きな窓ガラスに、やけに寂しそうな横顔のあたしが映っていて、なんだかムッときたから、イーッ!って歯をむき出して、ジャッてカーテンを引いた。
ソファに寝転がり、携帯ゲーム機で遊んだ。 ビールを飲みつつ、イタリアの配管工のおっさんを動かす。30分も遊んだら目が痛くなってきて、ゲーム機を放り出した。 指でまぶたを軽くマッサージしながら、目を閉じる。
昨夜とまったく同じパターンだ。きっと、あいつが帰ってくるのはあたしが寝てしまう頃。 音を立てないように、あたしを起こさないように、そっと、あいつは寝室に入ってくるのだろう。 その気遣いを無にしたくないから、あたしは「おかえり」も言えずに狸寝入りを続け、やがて、本当に寝入ってしまうのだろう。
少しでも長い時間、一緒にいたくて、少しでも長い時間、お互いの顔を見ていたくて、一緒に暮らし始めたのに。 思うように顔も見られない、今日この頃。
考えていたら涙が出てきそうで、あたしは起き上がってぶんぶんと頭を振った。 「寝よっ」と口に出すと、タイミングのいいことにあくびがでた。
小走りで寝室に駆け込み、キングサイズのベッドに飛び込む。 布団を頭までかけて、寝るぞ!と思ったとたん、ガチャ、と玄関ドアの開く音がした。 悠理?とあたしの名を呼ぶ、低い声。
残念でした。あたしはもう、寝てしまいました。 出迎えてもらいたかったなら、もっと早く帰って来い、コノヤロ。
布団により深くもぐりこみ、身を縮める。 あいつが入ってきたって、顔なんか出してやらない。……なかなか入ってこないな。何やってんだ? いい加減焦れはじめて、頭を布団から出して様子を伺おうとしたところで、あいつの足音。 ヤバッ、て慌ててまた布団にもぐりこむ。ドアが開く音。あいつが入ってきた気配。はぁ、と大きな溜息が聞こえた。
「…寝てしまいましたか」
深い、「落胆を感じさせる声」っての?そんな声。 ギシ、とベッドの端に腰を下ろし、あたしの頭をくしゃくしゃってする。 でも、起きてやらない。 あたしはわざと寝息をすぅすぅとたてて、「よく眠ってます」というふりをした。 あいつはあたしの頭に手を乗せたまま、じっとあたしの寝顔を見つめているよう。 早く風呂に入って来いよ。明日もまた、朝早いんだろ?
ようやく頭からあいつの手が離れ、あたしはほっとして、小さく息を吐き出した。 あいつが腰を浮かせたのか、ベッドがきしむ。 え……?
ベッドに寝転んだあいつが、ぎゅってあたしを背後から抱きしめた。 あたしの髪に、頬ずりしてくる。 あったかい…やば。もう、駄目。
「おかえり」
涙と共に漏れた言葉は、自分でもびっくりするほど弱くて小さい。
「悠理、起きていたんですか? ただいま」 すっごく嬉しそうな、あいつの声。ぎゅってする腕の力が、強くなった。 「今、起きたんだ」 言いながら、眠そうなふりして目をこすって、涙を拭った。
「また、コンビニ弁当とカップめんで済ませたんですね。身体に悪いですよ」 あたしの髪をなでながら、すごく優しい声で言う。 「だって、面倒くさかったんだもん」 「明日は、必ず早く帰りますから。一緒にちゃんとした食事をしましょう」 ぼそぼそ呟いたあたしの頭をぽんと軽く叩き、あいつは言った。
二人で食べるなら、カップめんだって結構おいしいぞと言おうかと思ったけど、きっと「何言ってるんですか?あんなもの、塩分も多いし栄養もないし…」ってお説教が始まるだろうから、あたしはだまって、うん、と頷いておいた。
「でも、よかった。今日は悠理の寝顔以外の顔が見られる」 そう言って、あいつはあたしの頬を手で包んで上を向かせた。 「笑ってください。おまえの笑顔を見たら、疲れなんて吹き飛んでしまうから」
あたしはあいつの顔を見上げて、にって笑った。そしたら、あいつも笑った。 その顔を見たら、あたしの疲れもどこかへ吹き飛んでいってしまった。
おかえり、清四郎。
end (2007.5.19up)
ただ、「ギュっ」ってする清四郎が書きたかっただけなんですが、書いてみたらこんな、「くたびれたサラリーマンとその妻の日常」のようなモノに。(涙) まったく有閑らしくないお話ですみません〜。スランプだわ!(←いつものことか?) 拍手お礼は、かわいいお話にするんじゃなかったのか、自分…。
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Material by fuul in my roomさま