S&Y

 

 

 

 

 「清四郎、遅いなぁ」

窓の前に立ち、みぞれ混じりの雨がそぼ降る庭を眺めながら、パジャマ姿の悠理は大きな溜息をついた。

 

今日、清四郎は父親のお供で医学会のパーティに出席している。

昨夜その予定を聞いた時、「じゃあ、明日は会えないんだな」と寂しげな顔を見せた悠理に清四郎は、

「終わったら、真っ直ぐにここに来ますから」と、悠理の頭をぽんぽんと叩きながら言った。

付き合いだして2ヶ月。

いたってラブラブな二人には、「一日会えない」ということさえ、耐え難い。

 

 

「外、寒そうだなぁ」

悠理は、室内との寒暖差に曇り始めたガラスに、なんとなく「へのへのもへじ」を描くと、また溜息をついて、部屋の中央のソファに戻った。

ソファの前に置かれたテーブルの上には、食べかけのお菓子や新作のゲームソフトが散乱している。

そしてソファの背には、暖かそうなネルのパジャマが掛けてあった。

 

「へへ、買っちゃった〜♪」

悠理は腰掛ざまにそのパジャマを手に取り、目の前に掲げてみた。

派手な縞柄に、様々なポーズのスノーマンが散った柄のペア・パジャマ。悠理が着ているのは赤を基調とした縞、清四郎のは黒が基調だ。

 

―――なんですか、その変な柄のパジャマは。

きっとそう言うであろう、清四郎の呆れ顔を思い浮かべ、悠理は柔らかく微笑んだ。

ほんの二ヶ月前までの悠理には、見られなかった表情。幸せな恋をしている、女の表情だ。

そして、その表情はコンコンとドアをノックする音と、「ただいま」という待ちかねていた声によって、いっそう輝きを増した。

 

 

 

「お帰り〜。遅かったな」

「ええ、さっさと抜けて、早く帰ってこようと思っていたんですがねぇ」

 

ダークスーツ姿の清四郎は、大またにソファの前まで歩いてくると、どさり、と悠理の隣に腰を下ろした。

はぁと大きく溜息をつくと、背もたれにもたれて目を閉じ、ネクタイを緩める。

 

かなり疲れているらしい清四郎の様子。

悠理はテーブルの上のゲームソフトを横目で見、また清四郎の顔に視線を戻した。

―――今日は、出来ないな。

清四郎と二人ですることを楽しみに、封すらも開けていなかったのだが。

 

 

「疲れた?」

「ええ、色々気を遣いましたのでね」

「そか。じゃあ、風呂入ってこいよ。今日はもう寝よう」

そう気遣うと、清四郎はゆっくりと目を開き、優しい視線を悠理に投げかけてきた。

 

「ええ、そうさせてもらいますよ。かわいいパジャマも用意してくれてることですしね」

くっくっと笑いながら、清四郎は悠理が無意識に抱きしめていた、パジャマの袖を持ち上げてみせた。

そして億劫そうに立ち上がると、「さっと入ってきます」と言い残して、バスルームに消えた。

 

 

残された悠理は、バスルームのドアを眺めて、ぎゅっと強くパジャマを抱きしめた。

きっと聡明な清四郎は、部屋に入ってすぐに、悠理が自分の帰宅をどんなに待ちわびていたかを見て取ったのだろう。

そして、普段なら辛らつな意見を述べるところを、優しい言葉に代えてくれたのだろう。

 

―――そういうとこ、好きなんだよなぁ。

友人だったときから、いつも誰よりも悠理のことを見ていてくれて、欲しいときに、欲しい言葉をくれる。それが清四郎だ。

悠理は幸せな溜息をつくと、さっさっとテーブルの上を片付け、メイドにコーヒーにブランディをたらして持ってきてくれるように頼んだ。

 

清四郎が風呂から上がってきたら、ふたりしてこのパジャマを着て、ゆっくりとコーヒーを飲もう。

それから、あの温かい腕に包まれて眠るのだ。

ただそれだけで、一緒にいるだけで、幸せだって思える。

柄にもなく、そんな乙女ちっくな思いに浸りながら、悠理は清四郎が上がってくるのを待った。

 

 

 

が、

待てど暮らせど、清四郎がバスルームから出てこない。

テーブルの上のコーヒーは冷め、悠理の乙女ちっくな妄想は通しで5回目を数えていた。

 

「なにやってんだよ、あいつ…」

悠理は少しいらだちながら、開かないドアを眺めた。

清四郎が長風呂だったという記憶はない。

ゆっくり湯に使って疲れを取っているのだろうと考えても、少し時間が長すぎる。

 

「まさか、死んでんじゃないだろうな?」

ひどく疲れた様子の清四郎を思い出し、急に不安になる。

パーティでは、酒も飲んでいるだろう。泥酔状態での入浴の危険性は、清四郎本人が以前、とくとくと説いていたものだ。

悠理はがばとソファから立ち上がると、小走りでバスルームのドアに向かった。

 

 

「清四郎?」

コンコンとドアをノックし、耳をそばだててみる。返事はない。

「清四郎、大丈夫?」

もう一度、先ほどよりも強くノックをし、声をかけてみるが、やはり返事が返ってこない。

ドアに耳をつけて聞き耳を立ててみるが、水音ひとつ聞こえない。

 

「……」

悠理はしばし考えた。

付き合っているとはいえ、「一緒にお風呂」なんて、まだしたことがない。

ベッドの上で清四郎の裸体を見た事はあっても、電気がさんさんとついているところで彼の裸体を目の当たりにするのは、躊躇するものがある。

 

―――でも、もし本当に中で倒れでもしてたら。

助けられるのは、あたいしかいない。

悠理は覚悟を決めると、もう一度ドアをノックし、「清四郎、入るぞ」と声をかけてドアを押し開いた。

 

 

 

剣菱邸では、部屋付きのバスルームでも、一般家庭の風呂場に比べるとかなり広い。

そのバスルームの、これまた一般家庭よりもかなりゆったりとした浴槽のふちから、黒々とした髪が見える。

 

「清四郎!」

悠理は浴槽に駆け寄ると、その脇にしゃがみこんだ。

清四郎は胸元までを湯に沈め、浴槽のふちに頭をもたせ掛けて、眠っているようだ。

悠理は、浴槽の湯が入浴剤で乳白色に濁っているのを目に留めて、安堵しながら清四郎の肩をゆすった。

 

「清四郎、清四郎!」

「ん……」

清四郎の頭がピクリと動き、やがてゆっくりとまぶたが開いた。真っ黒な瞳が、ぼんやりと悠理を見る。

 

 

「ゆうり?どうしました?」

眠そうに目をしばつかせ、ぐっと背をそらして、ふぁと、あくびをする。

「あんまり長いことあがってこないから、倒れてるんじゃないかと心配して来たんじゃないか」

悠理が眉間にしわを寄せて言うと、清四郎は「え?」と目をぱっと開いた。

 

「すまない。ついウトウトしてしまった」

そう言って、慌てて湯船の中で身体を起こす。

「わぁーっ!待て!」

そのまま立ち上がろうとするのを、悠理は焦って止めた。

清四郎は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐにニヤリと、意地悪な笑みを浮かべて悠理を見上げた。

 

 

「何です?いまさら恥ずかしがらなくても…」

そう言って、立ち上がろうとする。

「い、いいから!早くあがれよなっ!」

くすくす笑い出した清四郎に背を向けて、悠理はどたどたとバスルームから出ると、後ろ手にドアをバタン、と力いっぱい閉めた。

 

 

「くそーっ!心配して損したっ!」

先ほど覚えた不安の反動で、余計にムカムカする。

悠理はすっかり冷めてしまったコーヒーを、清四郎の分も合わせて二杯とも胃に流し込んだ。

「ふーっ」

息を吐き出しながら口元をぬぐっていると、カチャ、とドアの開く音がした。

 

 

「悠理、悠理」

振り向くと、清四郎がドアから上半身だけを覗かせて、手招きしている。

「なんだよ?」

「バスタオル、取ってください」

「え……?」

 

見回すと、ベッドの上に白いバスタオルが畳まれて置いてある。脱衣所に持っていくのを忘れたらしい。

悠理はそれを手に取ると、清四郎の方へと歩いていった。

 

「ほら」

手渡そうと、手を伸ばす。

「ありがとう」

清四郎はにっこりと笑うと、いきなり悠理の手首を掴んでぐっと引き寄せた。

「わわっ!」

ふいを突かれて、悠理はよろめいた。

顔を上げると、目の前に鍛え上げられた厚い胸板。つ…と水滴が滴り落ちるさまも、なまめかしい。

「ふぅ」

悠理の首筋に、熱い息がかかった。清四郎が、悠理の首筋に顔を埋めたのだ。

「長湯しすぎて、のぼせてしまったようだ。悠理、拭いてください…」

耳元で、間延びした声が聞こえる。その甘えた口ぶりに、悠理の胸はドキドキとしはじめた。

 

付き合いだしてから、清四郎は友人であったときとは全く違う表情を悠理に見せてくれるようになった。

拗ねた顔や、熱っぽく愛を語る顔。そして、こんな子供っぽい甘えた様子も。

そして、そんな清四郎の「恋人にしか見せない表情」に、悠理はひどく弱い。

 

 

胸元でバスタオルを握り締めていた手を、そっと清四郎の背中に回し、悠理は彼の身体を拭き始めた。

「…そんなにくっついてたら、拭けないじゃん」

悠理の抗議に、清四郎は顔を悠理の肩に置いたまま、すっと腰を引いた。

開いた空間に手を戻し、悠理は彼の胸元や硬くしまった腹をタオルでぬぐった。

「ここも、ちゃんと拭いてくださいね」

清四郎の手が、悠理の手を股間に導く。

「なっ!」

リアルな感触に、悠理はやけどでもしたように慌てて手を引っ込めると同時に身体を離した。

「自分で拭けっ!」

と、清四郎にタオルを投げつけ、ドカドカとソファに戻って座り込んだ。

 

背後で、清四郎がクスクス笑いながらベッドに腰掛ける気配がする。

悠理は自分の横に置いたままのパジャマに気付き、それを取り上げて振り返った。

「清四郎、パジャマ…」

キングサイズのベッドのふちに、ダランと垂れている清四郎の長い足が見えた。寝転んでいるらしい。

「清四郎、寝るんならパジャマ着ろよ。カゼひくぞ!」

怒鳴ってみたが、反応は無い。

「清四郎?」

仕方なく、パジャマを持ってベッドへと向かった。

 

 

 

「……」

真っ白なシーツが敷かれたベッドの上には、すっかり寝入ってしまった、愛しい男の姿。

 

曲げた片手を目の上にかざすように置き、もう一方の手はベッドの上に投げ出して。

ゆったりとした寝息が規則正しく上下させる、逞しい胸も露にしたまま。

それでも、ちゃんと腰の辺りにバスタオルをかけているのは、この男の普段はきちんとした性格の表れだろうか?

 

 

「…しょうがないなぁ」

そう呟きながらも、悠理は清四郎の足をベッドの上にあげ、ブランケットで彼の身体をしっかりと覆った。

風邪を、ひかないように。

そして、彼の額にキスをひとつ落とすと、自分もそっと隣に寝転んだ。

 

 

 

窓の外では、冷たいみぞれ混じりの雨。けれど、部屋の中は暖かい。

 

悠理は清四郎の前髪を手ですきながら、優しい瞳で彼の寝顔をずっと見ていた。

胸の中に、幸福感が満ちていく。

そして、いつしか悠理も眠りへと落ちていった。

 

 

end

(2007.1.19up)

 


だらだら清ちゃん第二段!

単に、お風呂で寝ちゃう清四郎が描きたかっただけのシロモノです。m(__)m

タイトルが全く浮かばず、EXILEの「M&A」をもじって「S&Y」にしてみましたが、

それだけではあんまりなので、をつけてみました。(←意味ナシ)

 

というわけなので、いくらクリックしても裏には飛ばないからね。前作でも「絶対に裏がある!」と思い込んで、タブキーを連打した方がいらっしゃいましたが。(爆)

 

 

 

 

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