early morning
〜By hachiさま
はじめての夜。 そして、はじめての朝。
清四郎のすべてを受け止めた、はじめての――
キングサイズのベッドは、二人で寝ても、何ら苦にならないほど、広い。 でも、いくら広かろうが、いつもとは決定的に違う感覚に、悠理は驚くほど早く目覚めてしまった。
瞼を開けると、睫毛が触れそうな位置に、規則的に上下する咽喉仏があった。 あまりの至近距離に、悠理は思わず緊張してしまった。腕の中で身を硬くする悠理に気づかないのか、男の寝息は健やかなままで、眠りから醒めようとしない。 まあ、昨夜は、悠理よりも緊張していたのだから、目覚めなくても当然である。
本当にいいのですね―― 何度もそう確かめて、震える手で悠理のボタンを外した男の姿を思い出すと、少しだけ可笑しくなった。くすりと忍び笑いを漏らし、彼の肩に額を押しつける。 しかし、可笑しさより、いや、今はどんな感情よりも、喜びが勝っていた。 彼は、悠理を本当に好いていてくれるから、すべてがはじめての悠理に触れるとき、震えるほどに緊張したのだろう。 それが分かったからこそ、破瓜の痛みさえも、喜びに感じた。愛されているという確信が、はじめての行為に対する恐怖を忘れさせてくれたのだ。 そして、また、悠理も心の底から彼を愛しているから、安心して身を委ねられた。
はじめての夜が明け、悠理は、安心と幸福に包まれた朝を迎えた。 そっと顎を上げて、男の寝顔を観察してみる。 顎のラインは意外にも骨太で、妙に男っぽい。ただ眺めていたときは、細いとしか感じていなかったから、新鮮な驚きを覚える。 口角の上がったくちびるは薄く、冷酷なイメージを受けるけれど、愛を語るときは情熱的に感じるのだから不思議だ。 鼻梁の高さは彼の聡明さを表し、整った眉は彼の硬質的な美しさを主張している。
この、美しい男が、悠理の恋人だなんて、未だに信じられなかった。
名実ともに、悠理の恋人となった男―― 菊正宗清四郎は、まだ、眠りの中にいる。
そっと手を動かし、薄い頬に触れてみた。やはり、悠理の頬とは感触が違う。 左手で自分の頬に、右手で清四郎の頬に触れて、差を確かめてみる。こんな場所にまで顕著に現われる男女差に、何だかくすぐったい気持ちになった。 昨夜だって、二人の男女差を嫌というほど知らされたのに、それよりも、些細な違いのほうが、新鮮な驚きだった。 頬の感触や、肌の細やかさ、骨の太さや腕の大きさ、様々なパーツのどれを取っても清四郎は悠理と違っているなんて、長い付き合いなのに、今、はじめて気がついた。
悠理は、幼い頃からずっと男になりたいと思っていた。スカートよりもズボン、ピンクよりブルー、お人形より昆虫が好きだったから、自分は男になるのが当然で、間違って生まれてきたのだと信じていた。 でも、今はそんなこと思わない。むしろ、女に生まれてきて良かったと、心の底から神さまに感謝している。 女性として生まれてきたからこそ―― この、無上の喜びが味わえるのだから。
込み上げてくる嬉しさに、思わずくすりと笑みを漏らした。それでも、清四郎はまだ夢の中。悠理は緩む口元を結んで、男の肩に顔を埋めた。 密着した肌から立ち昇る、微かな汗の匂い。その、香ばしい匂いに包まれながら、昨夜の清四郎を思い返す。 熱く荒い息を吐き、漆黒の瞳に情欲を灯しながら、逞しい身体を汗ばませていた、清四郎―― 睦みあった名残が、男の肌に染みついている。そう考えただけで、脳髄が蕩けてしまいそうだった。
「・・・ん・・・」 清四郎のくちびるから、微かな声が漏れ、悠理はごく自然に顔を上げた。
眩い朝日を浴びた睫毛が、震えるように動き、白い瞼がゆっくりと開いていく。 悠理を虜にする漆黒の瞳が、徐々に露わになる。 焦点の合わない、ぼんやりした瞳に、悠理が映る。 溢れる陽光が眩かったのか、一度開いた瞼が、また閉じ、ふたたびゆっくりと開いた。
悠理を映した黒い瞳が、柔らかく笑む。 「・・・おはよう、悠理。」 その瞳に、悠理は一発でノックアウトされた。 かあっ、と頬が熱くなる。きっと、自分でも吃驚するくらい赤面しているはずだ。はじめての朝に、不恰好な自分を見せたくなくて、慌てて顔を伏せる。 「・・・おはよ。」 消え入りそうなくらい小さな声で答えると、額に当たる鎖骨が、くっくと揺れた。 「今さら照れても、手遅れですよ?」 完全に覚醒していないのか、普段より声が低くて掠れている。こんな声を聞くのもはじめての経験だ。眠気に重さを増した吐息も、普段の彼からは想像もつかないほど怠惰で、そして、色っぽい。 大きな手が緩慢に動き、悠理の頭をくしゃりと撫でた。 「顔を、見せてください。」 残った手に、ウエストを絡め取られ、胸の奥がずくんと疼く。 「僕のものになった悠理を、見せてください。」 蕩けそうなほど甘い、恋人の声に逆らえるはずもなかった。
悠理は、戸惑いながらも顔を上げた。 至近距離に、まだ半分は寝ているであろう、男の気だるげな顔があった。 清四郎は、端正な顔に、ぼやけた微笑を浮かべて、悠理を見つめている。
洗いざらしの黒髪が、額だけでなく、頬まで乱れかかって、男の顔に濃い陰影を刻んでいる。それが、何やら倒錯的な色気を醸し出し、悠理の心音は跳ね上がるばかりだ。しかも、半ば閉じられた瞳は、じっと悠理を見つめている。どこまでも深く澄んだ瞳に意識ごと吸い込まれてしまい、眼を逸らすことも、ままならない。 濃厚な色気を醸す恋人の眼に、昨夜、すべてを晒したかと思うと、恥ずかしさのあまり発狂したくなる。なのに、こうやってずっと清四郎を見つめていたい。 こんな気持ち、昨夜までは知らなかった。 心だけで結ばれていたときには、知らなかった。 この男に、自分がどれだけ囚われているかなんて――
薄いくちびるが、僅かに上がって、印象的な微笑を作りだした。 「・・・悠理は・・・世界で一番、可愛い女ですね。」 ウエストを抱いた腕に力が篭もり、ぐっ、と強引に引き寄せられた。 昨夜、熱く交わった部分に、存在を主張する男性自身が押しつけられ、悠理の頭は一瞬にして真っ白になった。 「・・・ちょっ、せいしろ・・・や・・・」 焦る悠理をよそに、清四郎はくすくすと笑声を漏らしながら、さらに身体を押しつけてくる。 「大丈夫ですよ。まだ全身運動ができるほど、目覚めてはいませんから。今は、ただ、悠理を抱きしめて、幸せに浸っていたいだけです。」 清四郎の顔が、急接近してきた。 キスされるのだと分かった瞬間、悠理は両手で男の顔をブロックした。 ぎゅう、と高い鼻梁が潰れた。 指の隙間から覗く瞳が、驚きに見開かれている。 「キスはやだ!」 どうして、という問いが、吐息と一緒に、掌にかかった。その間にも、清四郎の顔は、悠理にキスをすべく、接近を試みている。悠理はその顔を押し退けながら、必死に答えた。 「だ、だってお前、昨夜、あたいの、あ、あ、あそこ舐めたじゃんか!キスするなら、歯を磨いてからにしてくれよ!」 悠理がそう叫んだ瞬間、清四郎は脱力して、枕に突っ伏した。
「まったく、お前って女は・・・」 剥き出しの肩の筋肉が、小刻みに震えはじめた。笑いを堪えているのだ。 悠理はシーツで胸を隠しながら、ベッドから起き上がった。シーツが大きく捲れ、清四郎の背中が際どいところまで露わになる。薄い皮膚ごしに、見事としか言いようのない筋肉の造形が見てとれ、ついつい恥ずかしさを忘れて見惚れてしまう。
男の背中に触れたい衝動を抑えきれず、人差し指で、背骨のラインをなぞる。その間も、清四郎の笑いは止まらない。だから、余計にちょっかいを出したくなったのかもしれない。 項から指を滑らせ、腰を辿り、双丘の寸前で方向転換して、ふたたび項へと向かう。 肩のあたりまで指が上昇したとき、いきなり清四郎が起き上がった。
上半身を起こしていた悠理は、あっという間にベッドの中に引き戻され、苦しいほどに抱きしめられた。 「やっ!苦しいよぉ!」 もがく悠理を、清四郎はさらに抱きしめる。 「まったく、お前って女は、どうしてそんなに可愛いことを言うのです?そんな可愛いことを言われたら、もう、永遠に手離せないではないですか。」 ちゅ。鼻の頭に、軽いキス。 そして、頭を引き寄せられ、ついでに下肢も絡め取られた。
悠理は、清四郎の胸に顔を埋めた状態で、完全にフリーズしていた。
どくん、どくん・・・ 聞こえてくるのは、清四郎の心音か、それとも自分の動揺か。どちらでも構わない。悠理は瞼を閉じて、心地良い息苦しさに身を委ねた。 愛しくて、幸せで、様々で雑多な感情を巡らすことが、馬鹿みたいに思えた。 幸福で、静寂に包まれた朝が、ゆっくりと過ぎてゆく。
どのくらいの時間が経った頃か、清四郎が口を開いた。 「悠理・・・これからも、ずっとこうしていましょうね。」 悠理は答える代わりに、男の背中に回した手に、力を籠めた。
また、長い沈黙。 しばらく抱き合っていて、悠理を包む手から、力が抜けていることに、ふと気づいた。
頭を上げて、清四郎の顔を覗いてみると、魅惑に満ちた瞳は閉じられ、薄く開いたくちびるからは、健やかな寝息が漏れていた。 愛しい男は、ふたたび眠りの世界へと誘われたらしい。 清四郎の、意外にも幼い生態に、悠理は苦笑した。でも、心を許しているからこそ、飾らない真の姿を見せてくれているのだ。その、幸福な事実に、悠理は陶酔した。
無防備な寝顔を晒す男を眺めながら、これからの二人を思う。 いつまでも二人でいて、キスをして、抱き合って、こうやって二人きりの朝に彼を寝顔を見て―― 幸福な未来しか予想できないのは、悠理が幸福の絶頂にいるからだろう。そして、これからも、幸福は続くはずだ。
今、悠理は、恋しい男のすべてを手にしている。 歳相応に幼い寝顔も、逞しい胸も、長く美しい腕も、引き締まった胴も、安心しきっている寝息すらも、すべてが、悠理のものなのだ。
悠理は、そっと首を伸ばして、眠る清四郎にくちづけた。 男のくせに色香濃いくちびるにではなく、長い睫毛に縁取られた、白い瞼に。そして、薄い頬に。 「―― 有難う、大好き。」 誰に、何に向かってかは分からないけれど、悠理は繰り返し「有難う」と呟いた。 ただ、清四郎とこうしていられることに、感謝して。
悠理はふたたび逞しい胸に顔を埋めて、瞳を閉じた。
いつしか、悠理も眠りの世界へと引き込まれ、二人は抱き合ったまま、揃って規則的な寝息を立てはじめた。
はじめての朝、二人は白いベッドの中で、新しい時間を迎えた。
新しい朝―― それは、二人の絆がよりいっそう深まった朝。
二人は、これから先、数え切れないほどの朝を迎える。
きっと―― 永遠に続く、二人の朝を。
end
うーん、セクシーな清ちゃんにメロメロ〜@はあと
私ね、ハチ子の描く清四郎の詳細な筋肉描写が大好きです!
これはハチ子の右に出るものはいないんじゃないかと思ってます。
ハチ子、いつもありがとう〜。これからも共に清四郎賛美道を極めていこうぞ!
「Dark Bee
Collection」
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