By にゃんこビールさま
今年の夏は暑い。 真夏日どころか猛暑日が連日続いている。 東京の予想最高気温は35℃と言われていたが、このアスファルトの 照り返しで40℃近く感じられる。 あまりの暑さに銀座も人通りがまばらだ。 きっと涼しい建物の中にいるか、地下道を歩いているのだろう。 しかしその暑さもなんのその、可憐の足取りは軽い。 「ほら、早く早く!」 くるっと振り返り、後ろをのろのろと歩いている野梨子と悠理を呼んだ。 「そんなに急がなくても大丈夫ですわよ…」 「それよか、どっかでお茶しよーよー」 炎天下の中、野梨子はもちろん、悠理でさえヘタレ気味だ。 「お茶は買い物が終わってから!ささ、行くわよ」 可憐は2人の手を取って先を急いだ。
恒例の夏の旅行。 しかし今年はいつもとは違っていた。 春の盛り、清四郎と悠理が“猿回しとサル”から恋人同士になったと発覚。 それを知った美童が野梨子に猛アタック。入梅の頃、清い交際を始めた。 そして夏が訪れた頃、魅録と可憐が自然と付き合うようになった。 なので今年は各カップルから行き先を提案することになったのだ。 やっと手を繋いで歩けるようになった美童と野梨子からは 「やっぱり涼しくて静かなスウェーデンがいいと思いますの」と清々しい提案。 「あたいは無人島でサバイバルごっこー!」 両腕をブンブン振り回す悠理の後ろで清四郎は「僕は青い珊瑚礁ですけど」と にっこり微笑んでいた。 次に魅録と可憐は「私たちはここ」とパンフレットをテーブルの上に出した。 「今年、和貴泉がオープンしたリゾートなの」 苦笑いの魅録に代わり、可憐が説明をした。 三組三様の案が揃ったところで、公正なジャンケン一発勝負で決めることになった。 代表者、美童、悠理、そして可憐が一歩前に出る。 「負けて文句言うなよ」腕まくりをする悠理。 「美童、頑張って下さいな!」野梨子の声援に美童もポキポキ指をならす。 「こっちは千秋さんとの約束があるのよ…負けるもんですかっ」 肩にかかった髪を後ろに払う可憐に魅録が「え?」と聞いた瞬間、 「「「じゃーんけーん… ぽいっ!!」」」 勝負あり。 パーを出した美童と悠理、ただひとりチョキを出した可憐。 「きゃー!やったわー!」 「お?おお!」 見事に魅録・可憐のインド洋に浮かぶ会員制リゾートアイランドに決定した。
そのリゾートに行くために女性陣は水着を買いに銀座へやってきたのだ。 さすがにシーズン真っ直中の水着売り場は混み合っていた。 まず可憐は真っ直ぐビキニコーナーへ向かった。 『今年もやっぱりトライアングルビキニよね〜♪』 鼻歌交じりに可憐はビキニを手に取った。 「ちょっと待って… 一体魅録はどんなタイプが好きなのかしら」 何しろ付き合うようになったと言ってもなかなか奥手の魅録だ。 あぶれ者同士、嫌々付き合ってるのかと思ったが、はっきり「好きだ」とも言ってくれたし、 2人っきりになればそれなりに甘い雰囲気になる。 なる、がだ。その先がなかなか進まない。 そんな息子を見かねた千秋さんが 「新しく開発したリゾートに招待するわ。そこで魅録を“男”にするのよ!」 と可憐に計略を持ち掛けた、というわけだ。 こんなことを企むなんて母親とは思えないが、それが松竹梅千秋なのである。 息子を案ずる千秋さんのため、自分たちの幸せのため、可憐もこの旅行に掛けている。 いつものように、可憐のナイスバディを強調した方がいいのか、 それとも野梨子のように露出度の少ない方がいいのか、 反対に悠理のように女性らしさからかけ離れた方がいいのか… 「どうしたらいいのかしら〜」 鏡の前で可憐は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「…具合でも悪いんですの?」 野梨子が心配そうに可憐を覗いた。 「え?あ、いや、ちょっと考え事してただけ。野梨子はいいの見つかった?」 すくっと立ち上がり、可憐はにっこりと微笑んだ。 「ええ。わたくし、これにしますわ」 そう野梨子が見せた水着は、ネイビーに細かいドット、そして胸元に白いリボンが 付いているワンピースで、実にシンプルなもの。 「…野梨子」 ひとつ可憐はため息をついた。 「今年こそスクール水着に毛が生えたような水着から卒業しなさいよ。 そんなんじゃ美童が喜ばないわよ」 「美童を喜ばせるために着るんじゃありませんわ!」 可憐の言葉に野梨子はボッと顔を赤くした。 そこへ悠理がやっていた。 「ねーねー、こんなのどう?」 ニッと笑って合わせた水着は色こそビビットながらタンキニタイプの水着だった。 「…悠理」 可憐は頭を抱えた。 「あんた、遠泳でもする気なの?もうちょっと女の子らしい水着にしないよ。 そんなんじゃ清四郎が可哀想じゃないの」 「なんで清四郎が可哀想なんだよ!」 可憐の言葉に悠理はムッとした。 「わかったわ。あんたたちの水着はこの可憐さんがお見立てしてあげるわよ」 ぽん!と可憐は豊かな自分の胸を叩いてふたりの水着を可憐は剥ぎ取った。 「可憐みたいなビキニなんてお断りしますわ」 「あたいも!こんなちょっとの布きれじゃ遊んでるうちに脱げちゃうよ」 悠理もそばにあった超ビキニを体の前で揺すった。 「わかってるわよ。ま、任せて」 そう言うと野梨子と悠理をその場に置いて可憐は別のコーナーへ消えていった。
しばらくして可憐が戻ってきた。 「野梨子、これどう?」 可憐の手にはドットプリントの上に花柄プリントのAラインワンピース。 ぱっと見、水着とは思えないデザインになっている。 「へー、これ下どうなってんの?」 悠理がペロンと裾をめくった。 「もちろんインナーもワンピースと同じ柄よ。どう?」 ウエストにリボンもついて実にフェミニンだ。 「いいじゃん!どうせ野梨子カナヅチで泳がないんだからさ」 ケラケラ笑う悠理を一瞥して野梨子は鏡に合わせてみた。 「そ、そうですわね…」 これなら野梨子に似合うし、美童も喜びそうだ。 ぽっと頬を染めて野梨子は「これにしますわ」と頷いた。 「で、悠理はこれ」 マリンボーダーにゴールドグリッターのホルターネックのビキニ。 「あら、かわいい」 スポーティのように見えて、胸元にチャームも付いててキュートだ。 「これね、別にショートパンツが付いてるのよ」 ほら、と悠理を鏡に合わせて見せた。 「遊んでて脱げない?」 「もちろんよ!」 遊んでは脱げないが、清四郎には脱がされるだろう。 そんなことは知る由もない悠理は「これにする!」とニッと笑った。
「ところで可憐はどれにしましたの?」 決まるものも決まってスッキリとした野梨子は可憐に聞いた。 「やっぱ今年もババーンと強調したやつ?」 悠理は自分の胸を押さえてキシシシと笑った。 「それが… 決まらないのよーーーーーー!!」 可憐は嘆きにも似た声を上げた。 「い?決まってなかったの?」 呆然と立っている悠理の手を可憐は掴んだ。 「ね!魅録ってどんな水着が好きだと思う?」 可憐の真剣な眼差しに悠理はさらに引きつる。 「そんなの、聞いたことないよぉ〜」 確かに。魅録に水着の好みを聞く必要はない。 可憐の切実な視線を投げられた野梨子も一身に首を横に振った。 「こういうフリルがたくさん付いてるキュートなのがいいかしら」 白いフリルに大粒のラインストーンがついたビキニを合わせた。 「ちょっと可愛すぎません?」 こそっと野梨子が悠理に耳打ちした。 「じゃ、このゼブラ柄はどう?」 胸元とヒップにはハートのリングが付いているセクシーなビキニを合わせた。 「そりゃ魅録ちゃんの目のやり場に困るよー」 きゃははっと暢気に悠理は笑った。 目のやり場に困られては、こっちも困るのだ。 「それじゃ反対にフェミニンなのは?」 光沢のあるピンクのギンガムチェックのビキニを合わせた。 「ちょっと子供っぽ過ぎますわ」 子供っぽ過ぎて手を出されないのも困る。 「どうしたらいいのよ〜」 あらゆるビキニを放り出して可憐はうずくまった。 「魅録に直接聞けばいいじゃん」 悠理はチャッと携帯を取りだした。 「聞いたところで答えはでないと思いますわ…」 悠理の意見は正論だが、相手が魅録となれば話は別。 「せっかく素敵なところに行くのに…決まらないわ…」 もう可憐は泣き出しそうだ。 「きっとさ、魅録も無人島でサバイバルごっこすると思うから、やっぱり 動きやすい方がいいんじゃない?」 悠理が持ち出した水着は大正ロマンのシマウマ型水着。 「ど、どこにありましたの?」 あまりにもレトロな水着に野梨子もびっくり。 「なんでそんな水着なのよ!それよか魅録はサバイバルごっこになんて行かないわよ!」 可憐はシマウマ型水着をポイッと投げ捨てた。 せっかく素敵なリゾートで甘いひとときを過ごそうと思っているのに、雰囲気台無しだ。 それに魅録を無人島になんていかせたら、清四郎に睨み殺される。 「美童に聞いてみたらどうかしら?」 ぽん、と野梨子が手を叩いた。 「そーだ、そーだ!美童に聞こう!」 センスのいい美童なら、魅録の好みに合った、可憐にぴったりの水着をアドバイスしてくれるはずだ。 「そうね!野梨子、美童に電話してみて」 「わ、わかりましたわ!」 野梨子は早速、美童に電話。 『ハーイ♪野梨子。どうしたの〜?』 ワンコールで軽快な美童が出た。 「今、可憐と悠理と水着を買いにきてるんですけど…」 『水着?そうだなぁ〜野梨子は色も白いし、ぼくはプリント柄とか…』 「わたくしのは決まりましたの!可憐のがなかなか決まらなくって」 野梨子のお見立てをし始めた美童を野梨子は急いで遮った。 『可憐の?あ〜魅録の好みわかんないから難しいよなぁ』 さすが美童。お察しの通り。 「どんなのがいいと思います?」 ゴクリ、と可憐と悠理が固唾をのむ。 『そうだなぁ〜』 しばらく考えたあと、美童の見解は 『エレガントでそこそこセクシーなビキニ』ということだった。 「もっと、こう具体的に言ってよ!」 焦れったそうに可憐は美童に文句を言った。 『そうだね、色はクリーム系。サテンとかのリボンがついてたり、エスカルゴフリルが ポイントになってるのはどうかな?』 なんと美童の言うとおりの水着が見つかった。 「美童の言った通りの水着がありますわ!さすがですわね」 野梨子は賛辞の言葉を美童にかけた。 「すげー!美童誰かと買いに来たことあんじゃねーの?」 感心する悠理に野梨子はキッと鋭い視線を投げた。 『でしょう?それだったら可憐らしいし、魅録だって好きだと思うよ』 「美童、サンキュー!恩に着るわ」 可憐はにっこりと鏡の前で合わせた。 『それで野梨子はどんなのにしたの?』 「それは旅行までのお楽しみですわ」 どうもありがとう、と野梨子は礼を言って電話を切った。 これで三人とも気に入った水着を買うことができた。 「あー可憐がなかなか決めないから、お腹空いちゃったよ」 かれこれ水着売り場に1時間以上は滞在していた。 「ごめん、ごめん。夕飯ご馳走するわよ」 水着を抱えて可憐はご満悦だ。 「それにしても楽しみですわね」 野梨子もにっこり。
空港からスピードボードで30分。 3つの島からなるラグジュアリーリゾート。 20室のゲストルームはすべてがスイート仕様で専用のバトラーサービスが付く セレブリティのためのwakiizumiリゾート。 目の前にはどこまでも続く青い空、透き通るような蒼い海、つま先で踊る白い砂。 新調したクリーム色の水着を彼は「よく似合ってるな」って照れながら言ってくれた。 そんな照れ屋な彼は海風を気持ちよさそうに感じている。
「ねぇ、魅録…」 名前を呼ばれて魅録はサングラスを外した。 「ん?なんだ」 眩しそうに見ているのは、太陽の光か、可憐の水着姿か… 「ううん、なんでもない」 可憐は幸せそうににっこりと微笑む。 「なんだよ。ヘンなやつ」 コツンとおでこを叩いた魅録の手がそっと可憐の頬を撫でる。 「…可憐」 魅録は体を起こし、可憐もそっと魅録に近づく…
「きゃーーーーーーーーーーー!溺れますわ!!!」 「もっと手足を動かすんだ!」 後方のプールから野梨子と美童の叫び声。 水には入らないと言っていた野梨子だったが、イルカやマンタに会うために 美童から水泳の特訓を受けていた。 可憐が見立てた水着を見て美童がどうしてもいっしょに海に入りたいと懇願したのだ。 「あ、あいつら…」 可憐は恨めしそうにキャーキャー騒いでる野梨子と美童を睨みつけた。 魅録はコホンと咳払いをして前方の海を見た。 「げっ」 魅録の声に可憐は振り向いた。 「な、なに?あれ」 ふらふらと目の前の海を横切って行くのはイカダか流木か。 かろうじて乗っている人がブンブンとこちらに手を振っている。 「おーーーーーーい!みろくー!かれーん!」 あのマリンボーダーはまさしく悠理に選んだ水着。 清四郎まで枝にTシャツを括り付けて振り回してる。 「もー!なに考えてんのよ!」 可憐が叫んだとたん、木材を結んでいた綱が切れ、清四郎と悠理は海に 投げ出された。 バシャバシャと「お前が乱暴だからだ!」とか「清四郎の結わき方が悪いんだい!」 と言い合いを初め、プールからは「溺れますわ〜」「頑張って野梨子〜」と叫び声。
「ったく、しょうがねぇなぁ…」 どこにいってもいつもと変わらない仲間たちに魅録は呆れて笑い出した。 ただ隣にいる可憐はぐっとくちびるを噛み、目は潤んできた。 握った拳は怒りにぷるぷると震えている。
「ロマンチックの欠片もないじゃないのー!」
可憐の悲しい叫び声は、インド洋に泡となって消えていった。 哀しいかな、今年の夏もいつもと同じ。
end
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Material by アルカディア さま